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赤い椿の花言葉

 午後は、プルヴェ夫人とお茶を楽しみながら雑談をした。

 知り合ったばかりの頃は、勉強の時間が終わるとさっさと帰ってしまった夫人も、最近は長々とメリザンドに付き合ってくれている。


「リュシアンさまは、いつお戻りになるのでしょう。愛人のところへ入り浸りだったら……あるいは、女性関係を清算している真っ最中だったら、どうしましょう……」


 夫への愚痴と不安をこぼすと、プルヴェ夫人はいつもより低い声で言う。


「そのようなことを考えてはいけませんよ。所領での用件が片付いたら、きっと迎えに来てくださいますわ。メリザンドは生まれも育ちも王都でしょう。見知らぬ土地で孤独に過ごさせるよりも、落ち着くまでは住み慣れた都会で過ごさせることをお選びになったのでしょう」

「だといいのですが……」


 甘い焼き菓子を頬張りながら、メリザンドは思いを巡らせる。


「わたし、あの御方にたった一言しか声をかけていただいていませんの。結婚式のとき、『緊張しているのか?』とだけ。視線が交わったのも、その一回きり……」


 そのたった一回でも、痺れるような思いを味わった。甘い美声に、名画から飛び出してきたかのような端正な顔立ちは、男慣れしていないメリザンドにとってあまりに刺激的だった。

 メリザンドは真っ赤っかになって、『大丈夫です』と絞り出すのがやっとだった。視線だって、こちらから逸らしてしまった。その態度が気に障ったのかもしれない。


 プルヴェ夫人がなだめすかせるように言う。


「でも、毎日のようにドレスや宝石を贈ってくださるではないですか」

「ええ……」


 たしかに贈り物は嬉しいけれど、物品では孤独は満たされない。せっかく夫婦になったというのに、いつまで離れ離れでいなくてはいけないのだろう。


 しょんぼりとうつむくメリザンドに、プルヴェ夫人が続ける。


「先ほどのドレス、本当によく似合っていました。メリザンドのことをよくわかっていらっしゃる証拠ですわ。流行のものを贈るだけなら誰にだってできますが、顔形(かおかたち)に調和したものを選ぶセンスは、誰にでも備わっているものではありませんもの」


 プルヴェ夫人の言葉に、どきりと胸が高鳴る。


「遠く離れていても、リュシアンさまはわたしのことを……たった一度しか顔を合わせていないわたしのことを、深く思ってくださっている、ということでしょうか」

「きっと、そうでしょう」


 と、プルヴェ夫人が柔らかく笑ってくれたから、メリザンドの心に希望の炎が灯る。


「でしたらとても嬉しいですわ。……では、もしかすると……あの花(・・・)もそうなのかしら」


 メリザンドはうっとりと、装飾暖炉(マントルピース)の上に飾られたピンク色の花々を眺めた。プルヴェ夫人の視線も動く。


「あれは……『極東のバラ』ですね」

「ええ」


 遥か異国から伝来した、椿(つばき)という名前の花。暖炉の上に飾ってあるものは、品種改良されて花弁を幾重にも重ねており、バラと見紛うほどに華美だ。


「リュシアンさまは、わたしがなによりも椿を好きなことをご存知のうえで、様々な品種を贈ってくださっているのかしら。偶然ではなく、わざわざ母に聞いたうえで……」

「……きっと、そうでしょう」


 お茶をすするプルヴェ夫人に、メリザンドは自慢げに続ける。


「わたしの寝所には、原種に近い、赤い椿を飾ってあるのですよ。だって、花言葉があまりにも素敵なんですもの。もしリュシアンさまがそれを知っておいでならば、心の底から嬉しいわ!」

「あら……どのような花言葉なのですか?」


 耳を傾けてくれたプルヴェ夫人に気をよくして、メリザンドは意気揚々と答える。


「『あなたはわたしの胸の中で、炎のように輝く』ですわ!」


 プルヴェ夫人は、なにも言わなかった。ちょっと惚気(のろけ)が過ぎたかしら、とメリザンドは自分を戒めた。

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