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なんて幼稚な

「失礼を承知でお聞きしますが、ヴィクトワールさまとはなにかございましたか?」


 王妃との茶会のさなか、メリザンドは勇気を出して尋ねてみた。ちらりと周囲を窺えば、侍女らが複雑そうに視線を交わし合っている。


 それは、と口ごもる王妃に代わって答えたのは、峻険(しゅんけん)な表情をした女官長だった。


「あの姫君が一方的に王妃殿下を笑い者にしているのです。……国王陛下が野放しになさっているから」

「やめなさい、ジュリー」


 主人にたしなめられ、女官長は不服そうにくちびるを引き結んだ。どうやら、恨み言まがいのことを漏らさずにいられないほどには、ヴィクトワールの言動を苦々しく思っているらしい。


 王妃は困ったように柳眉(りゅうび)を下げた。


「エスパナ人であるというだけで、わたしを嫌う者は多いのです。事実、帝国から嫁いできてすぐは人々の視線がとても冷たかった。ほどなく懐妊して、男児を産むことができたのは幸いでした。結果、わたしを表立って批判する者はほとんどいなくなりましたから」


 ガッリアとエスパナは今でこそ同盟国だが、つい五十年ほど前までは方々(ほうぼう)で火種をくすぶらせていた。それを引きずっている者は今もなお多いのだろう。


「ヴィクトワールさまは、わたしが着々と子を産み、宮廷で地位を固めていることが気に入らないのでしょう。自身の居場所を奪われているようで。

 あの方もまだ十七歳ですし、あと数年もすればきっと慎み深い淑女となられることでしょう」


 と、王妃は寛容な笑みを浮かべてみせた。

 だが、まだ十七といっても、メリザンドとたった一つしか変わらないし、そもそも王妃が嫁いできたのは十五のときだ。それを考えると、ヴィクトワールの振る舞い方はあまりに幼稚だ。

 王からの(とが)めがないからといって、放縦(ほうじゅう)すぎる所業は物笑いの種になりかねない。


 ──やはり、勇気を出してお(いさ)めするべきかしら。


 カップに口をつけながら思い悩む。しかし、下手な物言いをしては意固地になられてしまうかも。


「メリザンド、あなたが苦慮することではないわ」


 王妃はきっぱりとそう言った。


「あなたは宮廷でそつなく振る舞うことだけに注力してちょうだい」

「……はい」


 腑に落ちぬまま首肯(しゅこう)しておく。


 それからは、王妃の故国の話などをして、お開きとなった。


***


 自室へ戻ってからほどなくして、ヴィクトワールがやって来た。おそらく、侍女を見張りに立たせておいたのだろう。メリザンドと王妃が茶の席でどのような話をしたのか、気になって仕方なかったに違いない。


「ああ、かわいそうなメリザンド」


 心底同情したような様子でヴィクトワールは言う。


「急な誘いで、断る隙も与えなかったんですってね。やり口が汚いわ」


 たしかに断る隙はなかった。汚いとまでは言えないが、反論はできない。


「あの女は、メリザンドを味方につけようとしているのかしら? わたしの悪口でも吹き込まれた?」


 忌々しげに尋ねられ、メリザンドは慌ててかぶりを振る。


「いいえ、決してそんなことはありません。純粋に、わたしと仲良くしたいとおっしゃってくださいました」

「そんなまさか! 陰険なエスパナ女が、本心からそんなことを言うはずないわ。あの女はお堅い聖晄教徒だもの。愛人のたぐいを忌み嫌っているはず」

「いえ、でも……」


 どう説明すれば王妃の善良な人柄をわかってもらえるのか、懸命に思考を巡らせた。歌劇鑑賞のときにでも、腰を据えて話をしてみようか。

 しかしヴィクトワールはますます憤慨した様子で、メリザンドの目をまっすぐ見つめて言う。


「あのチビに(ほだ)されてはダメよ! なんだったら、今からみんなで抗議に行きましょうか。大勢で責め立てて、二度とこんな気を起こさないようにしてやらなくちゃ!」

「妊娠中の女性に対して、そのようなことをなさってはいけません!」


 メリザンドが思わず声を荒らげると、ヴィクトワールもすかさず叫んだ。


「だからこそよ! 今だったらなにをしても逆らわないでしょう!」


 ──なんて短慮で、幼稚な……。


 メリザンドは怒りに目を剥いて、震える。

 ヴィクトワールから顔を背け、口元を押さえて必死に心を落ち着けた。さもなくば、王妹へ向かって思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけてしまいそうだったから。


「メリザンド……?」


 訝しげに呼びかけてくるヴィクトワールへ、あえて柔らかい笑みを向ける。幼子を諭すように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「ヴィクトワールさま、王妃殿下は、とても素敵なお方でしたわ。あなたさまも、一度お話してみたらいかがでしょうか」

「……え?」


 呆然と目をまたたかせていたヴィクトワールだったが、その(まなじり)が一気につり上がる。


「すっかり懐柔されたのね! 馬鹿なメリザンド!」


 悪罵をさらりと受け流し、メリザンドはひたすら穏やかに言って聞かせる。恐らく無駄だろうと理解しながら。


「ヴィクトワールさま、王妃殿下を見習って、ガッリア王国の姫として相応しい立ち振る舞いをなさってください。いずれあなたも、どこかの国の王妃となるのですから。謙虚に、心清らかに日々をお過ごしください」


 するとヴィクトワールは、とびきりの(はずかし)めを受けたかのように顔を真っ赤にして、わなわなと打ち震え始めた。


「よくもわたしにそんな口が利けたわね! 覚えてらっしゃい!」


 子供じみた捨て台詞と共に、部屋を飛び出していった。


 ──やってしまったわ。


 メリザンドは特大の溜息を吐き出す。けれど後悔はなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ… やってしまいましたねえ。いずれはこうなるしかなかったのか。 もし、彼女が国王に妹を諫めるように言ったら、きっとそれなりに通るとは思うのだけれど。ますますの反発が恐いかなあ。
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