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歌劇場にて その1

 国立歌劇場が新シーズンを迎え、新たな作品の上演が始まった。


 初演は大成功を収めた。特に第二幕でテノールが歌うアリアが好評を博し、街でも宮廷でも、それを口ずさむ者が続出した。日常会話の中で、劇中の台詞を引用することさえ流行した。


 しかし初演から二週間経っても、メリザンドは劇場に足を運ぶことができていない。


「ようやく劇場に着ていくドレスが仕上がったのね!」


 侍女からの報告に、メリザンドは憤慨気味に答えた。


「永遠に完成しないかと思っていたわ! さぁ、陛下にもお知らせして、観劇の日程を決めましょう!」


 正直、ドレスなんてどうでもよかった。

 だが、公式寵姫の初めての歌劇場訪問となれば、とびきり優美で豪華な装いをしなければならない、とヴィクトワールを始めとして、何人かの者に(たしな)められてしまった。


 『あのドレス、先日の舞踏会で着ていたのと同じものよ』なんて気付かれた日には、王の沽券(こけん)どころか、国威にさえも関わるという。


 歌劇場の桟敷(ボックス)席は、サロンとしても使用される私的(プライベート)空間であると同時に、常に大勢の人間の目にさらされ続ける。

 メリザンドが手すりにもたれかかってうっとりと音楽に聴き入っているときなんて、容貌や服装を観察される格好の的だ。オペラグラスを駆使して、細部まで視線で舐め回される。


 かつてのメリザンドだってそうだった。社交界で評判の美人令嬢が来ていると知れば、劇そっちのけでファッションを観察したし、リュシアンのことだって、何度オペラグラス越しに眺めたことか。

 王がメリザンドを見初めたとき、あえて仮面をかぶって他の貴族に紛れていたというのも、納得がいく話だ。


 だからといって観劇を中止する理由にはならない。今回の演目はロマンティックな恋愛譚だというし、貴族から市民までもが夢中になっている作品を、公式寵姫が観ないなんてわけにはいかない!


 ドレスが仕上がった三日後、メリザンドはようやく国立歌劇場へと足を運ぶことができた。

 『バルテ侯爵夫人』となってから初めての歌劇鑑賞。もちろん、隣に座すのは夫・リュシアンではなく、ガッリア国王・ユージェーヌである。


***


 太い柱に囲まれた二階の1番席が、王族専用桟敷席だ。舞台をほぼ真横から見ることができる。まさかこの超特等席へ足を踏み入れる日が来るなんて、夢に見たことさえなかった。


 ちなみに、舞台を挟んで反対側の桟敷席が2番席だ。1番席のすぐ隣は3番席、さらにその隣は5番席となる。つまり、客席側に立ったとき、舞台の左側が奇数番席、右側が偶数番席となる。

 桟敷席は三階まで積み上がり、四階は『天井桟敷』と呼ばれる立見席だ。


「ユージェーヌさま、わたし、王族専用席だけでなく、王族専用入場口まであるなんて知りませんでした」

「おお、そうだったか」


 開幕まで時間があるため、王とメリザンドは桟敷内の奥まった席に腰かけて会話をしていた。

公式寵姫となって数か月経っているため、メリザンドはすっかり王と打ち解け、二人きりのときはやや砕けた口調で話すようになっていた。


「馬車が歌劇場の東側に停まったときは驚きましたけど、よく考えれば当然のことですね」


 歌劇場が誇る大階段や大広間を満喫することができなかったのは残念だが、仕方ない。国王が人でごった返す正面玄関を使ったら、大混乱が起こってしまう。


「さてメリザンド、今宵集まった大勢の観客たちの前に、いつ姿を見せてやる? みな、お前を見たくてうずうずしているに違いないぞ。いっそのこと、幕が開いてから姿を現して、観客の視線を舞台から引きはがしてやるか?」

「そんなことをおっしゃられると……緊張してしまいます」


 衆目にさらされ、あれこれ囁かれることにはすっかり慣れてしまったが、歌劇場には貴族だけでなく、一般市民も大勢訪れている。

 恐らく、翌日の新聞にもメリザンドのことが載るだろう。どんな髪形をして、どんな宝石を身に着けて、何色のドレスを着ていたかを事細かに……。


 結局、幕が上がる直前に舞台側の席へと移動した。取り澄ました笑みを浮かべ、視線を舞台の方へと向ける。観客の視線も囁きも、なにも気にしていませんよ、というふうを装って。

 しかし、舞台人たちまでがメリザンドへ視線を向けたときには、さすがに少し戸惑ったが。


 ちなみに王は、奥の長椅子でくつろいでいた。リラックスした状態で歌唱だけに耳を傾けるのも、歌劇の楽しみ方の一つだ。 

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