親子関係はいつだって複雑
「どうだかなぁ〜。森の中で昼寝して一日終わっちゃうんじゃないか?」
【ゼン。ラーシャに意地悪言わないのよ。…大丈夫、ラーシャならいい竜と契約できるわ】
アイシャの言葉にラーシャはコクコクと何度も頷く。
「アイシャ、優しい!どっかの誰かさんとは大違いだよ!」
「はいはい、どうせ俺は意地悪だよっと…。そういえば、明日の試験は俺も行くから」
ゼンの突然の言葉に、ラーシャは飲んでいたスープを吐き出しそうになる。
「え!?なんで!?」
「騎士団の仕事。昼間と夜で交換で森の中に入った試験生が魔物に襲われないように見張ることになってるんだ」
ちなみに、俺は昼間ね。と言いながらパンを口に放り込むゼンにラーシャは嫌そうな顔をした。
「ゼン兄に見られてると思うと何かやりにくいなぁ…」
「しっかりやれよ、試験生。…ってお前こんなのんびりしてて大丈夫かよ?もう時間だろ?」
ラーシャが慌てて壁に架けられた時計を見てギョッとした顔をして、椅子を後ろに倒して勢いよく立ち上がる。
「うわ!時間だ!遅刻する!!」
ラーシャは自分の部屋に戻ると慌てて制服に着替え、鞄を引っ掴むと外へと飛び出した。
「あらあら、ラーシャ!!お弁当忘れてるわよ!」
シューリカの手に握られているお弁当をハクレンが咥えると、ラーシャの元まで運んでやる。
「ありがとう、ハクレン!!行ってきまーす!!」
お弁当を大事そうに抱えて走っていくラーシャをシューリカとゼンが外に出てきて見送る。
「早いわねぇ…もう試験だなんて。ゼンの試験が昨日終わってばっかりに感じるのに」
「ばあちゃん、もう五年前に俺の試験は終わってるんだけど」
「あらあら、もうそんなに経つの?私が貴方の年齢の頃にはもう団長を任されていたのに、貴方はまだ下っ端なの?」
「ばあちゃんと比べないでよ…」
肩を落とすゼンを見てシューリカと二匹の竜は声を出して笑った。
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ラーシャは走りながら鞄を背負い直して、学校へと走る。
「うわー!急げ急げ!!」
そんな事を言いながら走っていると、通り沿いにある家から黒髪の少年が鞄と一緒に道に転がってきた。
それに驚いて立ち止まると、今度は家の中から父親の怒鳴り声が聞こえてきた。
「この役立たずが!酒も買ってからねぇーのか!!」
その怒鳴り声を聞いて、道に転がってきた少年は怯えたように震えて縮こまる。
「セルジュ」
ラーシャは少年…セルジュに声をかけて、鞄を拾い上げると土埃を払ってから渡す。
「大丈夫?学校に遅れるよ?」
「…」
セルジュは無言で立ち上がると、ラーシャから鞄を引ったくるように受け取った。
「おい!セルジュ!!殴られたくなかったらさっさと酒屋に行って酒を買ってこい!」
「うるさいっ!」
セルジュはそれだけ言って、走り去って行ってしまった。
「なんだ!?父親に向かってその言葉は!!」
今まで以上に怒気を孕んだ声で叫びながら、父親が外に出てくると、セルジュの姿がなく代わりにラーシャが居たのに少し驚いた表情をした。
ラーシャもセルジュの父親…リライと目があった瞬間、肩をビクッと震わせるとすぐに頭を下げた。
「お、おはようござます、セルジュのお父さん」
「…くそっ、逃げ足の速いやつだ」
リライはラーシャを完璧に無視して、そう言い残すと、家の中へと戻っていく。
彼が大人しく家に帰ったのを見送って、ラーシャはホッとしてため息をついて学校へと急ぐ。
昔はあんな子じゃなかった。と祖母が言っていたのを思い出す。
五年前に妻と騎士団の任務中に契約した竜が死んだのを、きっかけにセルジュに暴力を振るうようになった。
特に騎士団に入ると言ってからはさらにきつく当たるようになっていた。
「あーあ…。セルジュだって、昔は仲良しだったのに…」
ラーシャの口から思わず声が漏れる。
以前の彼は、よく笑ってみんなと仲良く遊んでいたのに。
何もかもが五年前をきっかけに変わってしまった…。
その時、遠くでチャイムの鳴る音が聞こえてきた。
「…っ!セルジュのせいで遅刻だ!」
ラーシャは慌てて、走り出す。
まるで寂しさを振り切るかのように。