壁
「どこに行くのかは、わかりませんわ。ただお父様に会わせたい人がいるとしか言われていませんの。それなのに、朝から使用人に囲まれて大変でしたわ…」
ニアはうんざりしたようにそう言ってため息をついた後、首を傾げた。
「そういえば、ダルテはどうしてここに?」
ダルテが家に来る時はいつも、兄であるケルトと一緒なのに今日は一人だ。
不思議に思っていると、ダルテが苦笑した。
「家に資料を忘れたから取って来て欲しいって頼まれたんだ。ちょうど今、手が離せないからって。ケルディさんも今日は忙しいみたいで持って来て貰えないみたいでさ」
「まぁ、お兄様ったら…」
ニアは困ったような表情をすると、ダルテに頭を深く下げた。
「不甲斐ない兄ですが、よろしくお願いしますわね」
「いやいや!顔上げろって!!俺の方が百倍不甲斐ないからっ!むしろお世話になりっぱなしだからっ!!」
慌てふためくダルテにニアは顔を上げるとクスクス笑い出し、それに釣られてダルテも笑う。
しばらく二人で笑い合っていると、突然ダルテが突然ニアの後ろを見て慌てて背筋を伸ばす。
それを見て、ニアも不思議そうに後ろを見ると、そこにはニアの家の執事であるケルディが立っていた。
ケルディはニアと目が合うと恭しく頭を下げてからこちらに向かって来るが、その表情は物凄く怖い。
あまりの怖さにニアもダルテ同様、思わず背筋を伸ばした。
「ダルテ、お嬢様に対してその口の聞き方は何ですか」
開口一番にケルディに怒られたダルテは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません…」
「お嬢様がダルテの同級生なのは分かっていますが、そのように砕けた口調で話してはいけないと前にも伝えたはずです」
「はい」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ダルテに起こり続けるケルディをニアが止めた。
「私は何とも思っていませんし、さっきケルディも言ったように私達は同級生ですわ。ラーシャ達のように気軽に話せる仲なのですから、そんなに怒らなくても良いではありませんか」
必死にダルテを庇うニアを見て、ケルディはため息をつくと首を横に振る。
「いけません、お嬢様。ダルテは今や麒麟商会の一員です。ましてや今は業務中。それなのに商会長の娘であるニアお嬢様にその様な口の利き方は許されません」
「そんな…!」
尚も食い下がろうとするニアをダルテが止めた。
「すみませんでした。以後気を付けます」
「よろしい。では、貴方は貴方の用を済ませて仕事へ戻りなさい」
「はい。…お嬢様、ケルディさん、失礼します」
ダルテはそう言って踵を返して去って行く。
そんな彼の後ろ姿を見て、ニアの胸にチクリと小さな痛みが走った。




