希少な竜
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治療を終えて全身アルボルの涎まみれになって吐き出されたラーシャは、アイシャに水で綺麗にしてもらった後、ベルナデッタに全身を乾かしてもらう。
その間、怖かったと泣き続けるラーシャの頭をニアがよしよしして宥める。
【橙竜の治療ってあんなに豪快だったっけか?】
身体を小さくしたルーキスが少し離れたところで顔を引き攣らせていると、久しぶりだね、と後ろから声をかけられた。そこ声にルーキスは心底嫌そうな顔をして振り返る。
【うげ、黒…】
【兄に対して随分な挨拶だね…白】
ニクスはそう言って苦笑した。
【もう人間とは契約しないんじゃなかった?】
ニクスの言葉にルーキスは苦虫を噛み潰したような表情をした後、仲間に囲まれて楽しそうに笑うラーシャを見て表情を和らげる。
【気が変わった。…もう一回くらい人間と契約してやってもいい、と思えるくらいには】
【そう。それはよかった】
ニクスは安心したような顔をして頷くと、あぁ、と声を出した。
【それから今は“ニクス”って言ういい名前があるんだ。これから“ニクス”って呼んでね】
【だったらお前も俺の事を“ルーキス”って呼べよ!】
二匹がそんな話をしているとベルナデッタとエルが近寄ってきた。
【どうもどうも!ルーキスって言うのですねぇ。ニクスの弟さんだなんてなんて運命的な出会いなんでしょうねぇ。あぁ、紹介が遅れました!エルはエルと申します!どうぞお見知り置きを】
【余はベルナデッタだ。余達の契約者の童達は仲が良いようだからな。これから何かと共に行動する事も多かろう。よろしく頼むぞ】
【何か、濃い奴が多いな…】
ルーキスは二匹を品定めするような目で見るとため息をついて、まぁ、確かに。と頷く。
【これからオレ達は一緒にいる事が多いだろうしな…。よろしく】
不本意だが、と低く唸りながらルーキスが頭を下げるとそっとニクスがルーキスの耳元に地下より囁く。
【あの子が目を覚ました】
【…!】
驚くルーキスにニクスは真剣な顔で頷く。
【だから、ボクは人間と契約した。あの子が暴走した時止められるように】
【…】
【覚悟を決めといて。ルーキス】
ニクスはそう言って、話を終えてこっちに向かってくるセルジュの方へと飛んで行く。ルーキス以外の二匹も自分の契約者の元へと飛んでいった。
残されたルーキスはしばらく険しい顔をしていたが、やがて泣き止んだラーシャに呼ばれると首を横に振る。
【千年前と同じ事がまた起こるのか…】
目を閉じればいつでも思い出せる。千年前のあの日の事を。ずっとずっと、後悔していた。だからもう人間とは契約しないつもりだったのに。…それなのに。
「ほら!ルーキスおいでって!!」
もう一度名前を呼ばれ、ルーキスは目を開く。今からそんな事を考えていてもしょうがない。その時が来るのならそれまで今度こそ後悔のないように生きれば良い。
【今行く!】
ルーキスは声を上げると、両手を広げるラーシャの元へと飛んで行き、腕の中ではなく頭に着地した。
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ラーシャ達がワイワイ騒いでいるのを少し離れた所で見ていたデイルは一人唸る。
「他の騎士団にラーシャが帰還した事伝えて来ました!…ってあれ、団長?どうしたんですか?顔怖いですよー?おーい」
通信を終えて戻ってきた副団長であるフリーラが首を傾げて、デイルの前で手を振る。
「聞こえてるよ、フリーラ。…ラーシャとセルジュが契約した竜なんだけど」
「はい?あぁ、白竜と黒竜ですか?いい艶してますよね!キラキラ輝いてて綺麗ですよね」
うっとりしながら答えるフリーラにデイルはため息をつく。
「あの二匹の竜はただの竜じゃない」
「へ?どういう事ですか?あ、ちょっと!!団長!」
首を傾げるフリーラを無視して、デイルはラーシャ達の方へと歩み寄る。
「セイラ!」
デイルに名前を呼ばれてセイラは瞬時に敬礼をした。
「はっ!」
「ラーシャとセルジュの竜に訂正を」
「…は?」
デイルの言っている意味が分からず、セイラが怪訝な顔をするのとは別にラーシャが顔を真っ青にさせる。
「え、もしかして時間外だったから契約無しにされちゃう?」
「それは無い、それなら俺は関係ないだろ」
「じゃあ、なんで訂正???」
ヒソヒソと話しているラーシャとセルジュ前でデイルは膝を付くと優しく微笑んだ。
「君たちの竜はただの白竜と黒竜じゃない。その二匹の竜は同じ種類の竜だ。名を、“虹霓竜”と言う」
「「虹霓竜?」」
「そう、鱗がキラキラと虹色に輝いて見える事から虹霓竜と呼ばれるそうだ。世界にはその竜は五匹しかいない。ラーシャの白い虹霓とセルジュの黒い虹霓竜。そして、昨日の夕方帰ってきたフォルテと契約した灰色の虹霓竜」
デイルの話を聞きながら、ソルがあぁ!と声を上げた。
「そう言えば、フォルテが帰ってきた時、虹霓竜がとか騒いでたな!虹霓竜ってそんなに珍しいのか…」
鱗を落としたらこっそり貰いに行こう、とソルが低い声でボソッと呟く。
それを嗜めるようにニアが先払いをすると、ソルが苦笑いして首を横に振る。
「冗談だよ、冗談!」
「冗談に聞こえませんでしたわ」
「ははは…」
やるならニアのいない時にしよう。とソルは心の中で決める。
「さすがゲオルグの息子だ。珍しい鱗の話になると目つきが変わるね。…後二匹の虹霓竜はみんなが知ってる竜だよ」
デイルの言葉にその場にいる者は首を傾げたが、ただ一人ゼンだけは顔を真っ青にさせて、口を開く。
「それってまさか…。女王陛下の竜の金竜と銀竜じゃないですよね…?」
ゼンの回答にデイルは満足そうに笑った。
「大当たり」
予想しなかった事態にラーシャとセルジュは自分が契約した竜を凝視するが、当の竜本人は特に気にしている風も無いが人間にしたら大事だ。
まさか、恐れ多くも女王陛下と同じ…しかも伝説になってる竜と同じ種類の竜と契約しただなんて!
「うわっ…、事態について行けなくて頭が働かないや」
【お前はいつも働いてなさそうだから大丈夫だ】
「本当にルーキスは失礼ね!」
腕の中に収まっているルーキスの頭をゴリゴリ押すが全然ダメージが無いようで涼しい顔をしている。
「それだけ珍しい竜だ。中にはその珍しさから捉えて他国に売ろうとする不届き者もいる。だからしっかり守ってあげるんだよ」
デイルの言葉にラーシャとセルジュは力強く頷くが、ルーキスが腕の中から鼻で笑うと、隣でセルジュに抱かれてるニクスにだけ聞こえる声で呟いた。
【ま、どちらかと言えばオレ達が守るんだろうけどな】
【確かに】
ルーキスにニクスは苦笑しながら同意するが、ここは何も言わない方が賢明だろうと大人しくする。