何が何でもキミを守りたい
ガサガサ激しく揺れる草むらを見ながら子白竜が口を開く。
【知っているか?】
「な、何を…?」
このタイミングで言う事なんて碌なことじゃないのは、火を見るよりも明らかだったが聞かずにはいられない。
【灯籠の花って夜に光ることによって虫を誘き寄せて、受粉を促すんだ。…でだ、ここは灯籠の花が群生している】
「そだね…」
【普通に点在して咲いている灯籠の花よりも何百倍も明るい】
「…うん」
【大きな虫型の魔物も誘き寄せられるってわけだ】
子白竜の言葉と同時に大きな蛾型の魔物、エンモスース草むらから飛び出してきた。
「ひいいいい!!」
思ってたよりも大きい。大きい過ぎる。
エンモスースの大きな複眼と呼ばれる目に見つめられ、背中にジュワッと汗が吹き出す。
【エンモスースは羽の鱗粉にさえ触れなければ問題ない。問題なのは…】
怖がるラーシャを尻目に子白竜は淡々と説明をする。
【問題なのはここを狩場にしてる魔物の方だな。…来るぞ!】
子白竜の叫びと共に突然、ラーシャの右側の方から黒い何かが飛び出しエンモスースを横から何かが襲いかかった。
エンモスースをバリバリ音を絶てながら捕食するのは狼型の魔物フルルフ。名前は可愛いが、氷の魔法を使ってくるなかなかに危険な魔物。
エンモスースを食べ終えたフルルフはベロリと口の周りについた羽のカスを舐めとると、じろっとラーシャ達の方を見た。まるで次の食事を見る様な目で。
「に…」
【やっとオレ好みの飯が「逃げなきゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
【はぁ!?】
子白竜の言葉を掻き消す程の叫び声をあげて、ラーシャは子白竜を抱き抱えると脱兎の如く走り出した。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!やばいって!フルルフはダメだって!!!!」
【落ち着け!とにかくオレを置いていけ!】
「チビちゃんを置いて行けるわけないでしょ!!!一瞬でパクリだよ!」
泣き叫びながら必死にラーシャは暗い森の中を走る。後ろからすぐにハッハッという獣特有の荒い気遣いと共にフルルフが追い掛けてくる。
【オレは大丈夫だ!】
「大丈夫じゃない!!!!」
子白竜を一喝して胸に掛けた笛に手を伸ばして、そこでハッと思い出す。
「笛落としてたんだった!!!ゼン兄ぃぃぃぃぃぃっ!!!!」
叫んでも意味ないのは、わかってるけど叫ばずにはいられない。誰でもいいから助けて欲しい。
【おい!後ろから氷塊が飛んでくるぞ!!】
ラーシャの肩越しでフルルフの動きを見ていた子白竜の言葉にラーシャは咄嗟に近くにあった大きな岩の裏にしゃがみ込んむのと同時に、岩が氷塊が当たり粉々に砕け散った。
それを見て震えがあると慌てて立ち上がり走り出す。
「嫌だ嫌だ嫌だ!来ないで来ないで来ないで!!!!」
自分を抱き抱え泣きながらフルルフから逃げるラーシャの顔を見上げて、子白竜は気に入らないという顔をした。
【オレ達は契約してない。何で、そこまでしてオレを守ろうとする?】
「子供だからだよっ!それに…うわっ!」
木の根につまずいて、ラーシャは土埃をあげて盛大に転ぶ。慌てて立ちあがろうとするが、足首に激痛が走り立てない。
ここまでだ。もう逃げれない。
ラーシャが動かないのを見て、フルルフもその場に立ち止まり余裕の表情を見せていた。
「…私はもう逃げれないから、キミは私を置いて逃げるんだよ。ちゃんと逃げ延びて大人の竜になってね」
【おい、オレの質問に答えろ】
ラーシャは子白竜を自分から離すと、笑った。
「それにキミには人間を嫌いになってほしくないんだ。私の同級生のせいで怪我して、それを理由に人間を嫌いになってほしくない。勿体無いじゃん、こんな事で嫌いになって、せっかく竜の国に生まれたのに人間と一緒に生きる楽しさを知らないなんて!」
そう言い切ったの同時に頭上から熱い息が掛かる。
真上にフルルフの顔があるのが、見なくてもわかる。
「話はおしまい!早く逃げて!!」
ラーシャは怒鳴って体をその場に小さくして丸めた。
かっこいい事言っておいて物凄く怖い。どうか食べるときは一思いに丸呑みでお願いします!心からフルルフにお願いをしていると、バサリと大きな羽音が聞こえてきた。
えー、今度は何…?げんなりした気持ちで顔を上げると、目の前には大きな白竜の姿があった。
「白竜…!?」
さっきの子白竜のお母さん!?
【お母さん違うからな】
ラーシャの心を読んだかの様に答える白竜の声はさっきまで話していた子白竜と同じ声。
子供じゃなかったのか!という衝撃がラーシャに走る。
突然現れた白竜にフルルフは唸り声を上げながら後ずさり、毛を逆立てさせて威嚇をする。
そんなフルルフに向かって白竜が口を大きく開けると、喉の奥から真っ白な光が溢れ出し、それは光線となって強烈な光を放って吐き出されフルルフは身体を一瞬で焼き尽くした。
「え…強っ…」
あんなに必死に守りながら逃げてたのは何だったんだ、と突っ込みたいくらいに白竜は強かった。
【だから、オレは大丈夫だって言った】
「言ってたけどさぁ。大人だとは言ってな…うわっ!」
突然白竜に襟を咥えられると、空に向かって放り投げられた。
「何でぇぇぇぇ!?」
助けてあげようとしたのにこんな仕打ち酷い、酷過ぎる。地面に叩きつけられて死ぬ、と覚悟して目を瞑っていると硬いものにぶつかったが全く痛くない。
恐る恐る目を開けると、眼下に先ほどまで彷徨っていた森が広がっていた。白竜はラーシャを背に乗せて悠然と空を飛んでいた。