一緒に背負う
「お前が俺を呼んだのか?」
セルジュの問いかけに黒竜は泉に入ると水飛沫を立てる事もなく静かにこちらに向かってくる。
月明かりに照らされたその黒い鱗は、セルジュが知る父の相棒である黒竜、ジキルとは違いまるで星屑を散りばめたようにキラキラと美しく輝いていた。
【そう、僕が呼んだ。闇を拒まない子を呼んだ。…それが君】
黒竜は澄んだ目でセルジュを見つめて言うと、首を傾げた。
【闇は嫌いじゃない。違う?」
黒竜の問いにセルジュは少し考える。
「…闇は暗くて怖い。その先に何があるかわからないし、そのまま闇に飲み込まれそうだって不安になる時もある。…でも」
セルジュがそう言って黒竜に手を伸ばすと、黒竜はその手に己の顔をそっと押し当てた。
最初はひんやりしていたが、だんだん温かくなって心地良くなってくる。まるで夜の闇のようだと思う。
「辛い時や苦しい時、消えてしまいたいと思う時は闇が優しく受け止めてくれた。誰にも見られずに泣きたい時も隠してくれる。…いつも寄り添ってくれる闇は居心地が良くて好きだ」
その言葉に黒竜は嬉しそうに目を細めた。
【僕は闇の力を使う。闇を恐れてしまえば君は闇に呑まれてしまうかもしれない。でもきっと君なら大丈夫】
「俺と契約したいってこと…?」
【君が僕と契約してもいいって思ってくれたなら】
黒竜は父と相棒だった竜だ。自分が同じ黒竜を選んでしまったらきっと父は我を忘れて怒り狂うだろう。だから選ぶ気は無かった。
でも、この黒竜にどうしようもなく惹かれている自分がいた。この竜と契約したい、と心から望んでいる。
「俺は…自分の身勝手な行動で二人の命を奪ってる。それでもお前は俺と契約してれるか?」
セルジュはそう言って幼い頃の話を黒竜に話した。黒竜は静かにその話を聞いた後、頷く。
【その罪、一緒に背負うよ】
「…一緒に?」
【どんなに後悔したってその後悔は永遠に消えない。誰に何を言われてもその罪の意識は消えない。…その気持ち、僕にもわかるよ。だから、君の罪を一緒に背負ってあげる。一人で背負うより、二人の方が気持ちが楽だろう?】
「でも、お前は悪くない」
【でも。これから僕と一緒に生きてくれると言うのなら。僕は君の、君は僕の一部になるから】
「…」
胸がギュッと苦しくなる。一緒に背負うと言った者はこの黒竜だけだ。
周りの大人がどんなに、セルジュのせいじゃ無いと否定してくれても心はいつも違うと叫んでいた。
父のように責めてくれればいいのに。優しくしないで欲しいと思っていた。
それなのに、この竜は…。
「…ありがとう」
セルジュの言葉を黒竜は頷き大きく翼を広げた。
【汝、我を求めるか?】
契約の言葉。セルジュは声を震わせて息を吐き出した後、力強く頷き自分の覚悟を口にした。
「求める。一緒に罪を背負ってくれると言うなら、俺はお前に全てを捧げる。辛い時も悲しい時も共に乗り越えて生きよう」
【汝名は?】
「セルジュ」
【我の名は?】
実はもう、この竜に与える名前は最初から決めていた。
夜の闇に星屑を散りばめたような美しい黒い鱗を見た時からこれしか無いと思ってた。
「ニクス。夜を意味するニクスはお前にピッタリだ」
セルジュは笑って言うと、ニクスも満足そうに頷いた。
【気に入った、セルジュ。これからよろしく。じゃあ、行こう】
「よろしく、ニクス」
セルジュが背中に乗ると、ニクスは翼を大きく羽ばたかせて洞窟の空いた穴から外へと飛び出しその鱗を輝かせて夜の空へと飛び上がった。