心の準備
ベインと共に一緒にやって来たのはソルの父親であるゲオルグの工房だった。
「なんでここに…」
「いや、ちょっとソルに頼みたい事があってさ」
そう言ってベインは気まずそうな顔をして頭をガシガシと掻き毟る。
それを見て、ルーキスがなるほどとニヤリと笑う。
【学生時代から意地悪してたから、ソルにお願い事があっても頼み難いんだろ?】
「ぐっ…」
ルーキスの言う通りだったのか、ベインは言葉に詰まらせると苦虫を噛み潰したような表情をした。
「ソルに頼むって何を?」
【ラーシャ、ソルにわざわざ頼みに来る要件なんて一つしか無いと思いやせんか?】
ナイラに言われてちょっと考えるが全くわからない。
「ごめん、ちょっとわからない」
【ここまで言ったのに!?】
衝撃を受けるナイラにルーキスが申し訳なそうな顔をする。
【悪いな、ラーシャはこういうのにすごく疎い】
【えー…あー、なるほど】
多分何かすごく失礼な事を言われているのは、ラーシャにもわかった。
そんな時、洗濯物がたくさん詰まった籠を持ったシーラが庭にやって来た。
「あら?ベインとラーシャじゃない。二人してどうしたの?」
シーラは不思議そうな顔をして、二人の元へと来る。
「ベインが、ソルに頼み事があるんだって。ソルいる?」
「ベインが?珍しい事もあるもんね。ちょっと待ってて呼んで来てあげる」
シーラは洗濯籠をその場に置くと、軽い足取りで工房の中へと消えて行った。
「よかったね、ちょうどよくシーラが出て来てくれて」
笑顔でラーシャがそう言えば、浮かない顔をしてベインが頷く。
「なんでそんな浮かない顔してるの?」
「心の準備がまだ出来てないんだよ」
「心の準備?」
「ラーシャにはわからないだろうな…」
ベインがゲンナリしながら、言うのと同時にソルがシーラと共に走って来た。
「待たせたなっ!」
「ううん、仕事中に呼び出してごめんね」
ラーシャが申し訳なさそうに謝ると、ソルはニカッと笑う。
「気にすんなって、休みたいと思ってた所だったからちょうどよかったぜ。…で?ベインは俺に何の用なんだ?」
「…」
ベインは深呼吸をして、覚悟を決めるとソルにガバッと勢いよく頭を下げた。
「学生時代に散々揶揄って来てこんなことを頼むのは図々しいのはわかってる!でも、お前にどうにでも頼みたかったんだ」
そう言ってベインは顔を上げると懐から袋を取り出して中身を出す。
「それって…!」
ラーシャは袋の中身を見て思わず声を上げる。
ベインの手の上にあるのは、小さな青い鱗。
それは、シンシアの鱗だった。




