細氷
【いいか!?落ちるなよ!】
そう言ってグラキエは食人花の元へと向かう。
「僕を誰だと思ってるんだ?竜紐無しなんて余裕だよ」
軽口を叩くライゼに呆れながら、グラキエは今はまだ動きの鈍い食人花の方へと向かう。
動きが活発になって蔓でも出されたら厄介だ。その前に食人花を処理したい。
そうこうしているうちに、あと少しで食人花の花弁に着くというところで食人花が、急に動き出した。
【くそっ!】
グラキエを捕らえようと、森から勢いよく蔓が伸びてきた。
グラキエは氷柱を出現させて、それら全て断ち切っていくがキリが無い。
「ここでいいよ」
【はぁ!?何言って…っ、おい!】
ライゼはグラキエの背中を走り助走をつけると、グラキエの頭で足に力を入れて踏み込み、反動をつけて高く飛び上がる。
【また無茶な事を…!怒られるのは俺なんだぞ!?】
悪態をつくグラキエの声を背に聞きながら、目標通り食人花の花弁の上へと辿り着く事が出来た。
食人花は自ら喰われに来たライゼを歓迎するかのように、口を開けて口内に迎え入れた。
「…凍れ」
底冷えのする冷たい声でそう言うと、自分を噛み砕こうとする歯に触れた。
ーーーーー刹那。
ピシッと音を立てて食人花が凍り付き、そして砕け散った。
触れた物を一瞬で凍り付かせ、砕くライゼの能力で粉々になった食人花は月の光を浴びながらダイヤモンドダストのように輝きながら空気中に舞う。
その光景を見ながら、ライゼが森へと落下していると、グラキエが下に入り込んで回収した。
【大丈夫か!?】
「大丈夫、大丈夫。ただ、この能力って一回で魔力使い切っちゃうからもう身体が動かないや」
【…絶対、怒られるからな】
グラキエはうんざりしたようにため息をついた。
「そしたら、一緒に謝ろう」
【俺悪く無いのに!】
嘆くグラキエの背で仰向けになりながら、ライゼは目を閉じてシリルの冥福を祈ると、パチっと目を開く。
「さぁ、シャノンの元へ帰ろう。…そしたら、花の国に向かわなきゃ」
【りょーかい】
グラキエは諦めると、その場から早々に飛び去る。これ以上、厄介事に首を突っ込んだらシャノンに今度こそ殺される。
「可愛い、息子と娘に会うのはまた先になっちゃうなぁー。早くラーシャに入団おめでとうって言ってあげたい」
【まだ結果わかんないんだろ?】
「僕の娘だよ?受かってるに決まってるじゃ無いか」
【さいですか】
グラキエはため息をつくと、ライゼの妻であるシャノンの待つ宿へと向かった。
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森から突き出し、巨大な花を咲かせた食人花を見て驚愕していたクレアはそれが一瞬にして凍り付いて砕け散ったことに絶句していた。
「何あれ…」
「ふふ。人間であれだけの能力を世界樹から賜るだなんて、彼は凄いね」
リズベルトのその言葉にクレアは驚いて目を見開く。
「あれが…人の力!?竜では無いのですか!?」
「そうだよ。…さて、風の国で僕たちがやる事はもう何も無い。支部は他の者に任せて、僕たちは次の国へ行こうか。ルイス、準備を早急に整えて明日の朝出発だよ」
「承知しました」
ルイスは恭しく頭を下げると、二人の前から煙のように消えた。
それを見て満足そうにリズベルトは頷くと夜の森を軽い足取りで歩き始めた。
「さぁ、次はいよいよ竜の国だ」
その声は明るく弾んでいるようだったが、近くで聞いていたクレアは得体の知れない恐怖に襲われ身体を震わせた。




