辛そうな顔をしてたから
一人、フォルテは川沿いを上流に向かって歩いていた。もうすでに夕刻時、あたりは薄暗くなってきて視界が悪い。
それでも、フォルテは気にすることなく歩き続ける。
竜を探して歩いている。というより、本当にただ目的もなく歩いているだけだった。
「クソ…!」
憎悪を吐き捨てるように呟く。
昨日の夜の事が頭から離れず、ずっとむしゃくしゃしていた。叫び声をあげて、手当たり次第に周りのものを破壊したくてしょうがない。
いつも気を遣って話しかけに来る、ベイン達三人と別れてから余計にその衝動に駆られる。
自分が竜の国で二番目に大きな貿易商“玉葉”の息子だから、見返りを求めて一緒に行動しているのはわかっている。
それでも、必要とされている感じがして安心感と家のことから気が紛れた。
家では一切、自分は必要とされていないから。
「…クソッタレ」
立ち止まって、感情を吐き出すと近くの石を思いっきり川にぶん投げた。でも、苛立ちは収まらない。
“どうせ、お前はろくな竜とは契約できない。最初から期待してないよ。そんな事で一々報告してこなくていいから”
昨日、書斎で仕事中の父に試験ことを伝えると一度もフォルテの顔を見ずにそう言ってさっさと話を切り上げられてしまった。父親が期待してるのは、一つ年下の頭のいい弟。
家業も財産も全部、弟に渡すと母と話しているのを前に聞いてしまった。聞く前からそうだろうとは確信してはいたが。
出来が悪くても一応、義務教育の間だけはちゃんとお金をかけて育てるつもりらしいが全然嬉しくない。家族で食卓を囲んでも、自分に話をかけられることは全く無く存在を無視されている気分だった。
いっそのこと殺してくれればいいのに。セルジュみたいに父親に打たれた方が、存在を認識しているのを確認できて安心するのに。
「みんな大嫌いだ…!家族もこの腐った世界も全部…!!」
誰にも愛されない自分も。
ズンっと胸が苦しくなったところで首を横に振って考え方を振り払う。
そして、昼間見つけた白竜のことを思い出す。あの白竜はフォルテを見るなり何もしていないのに、軽蔑したような顔をしてきた。それにカッとなって近くにあった石を投げつけ、足に当たった白竜は悲鳴を上げながらフォルテから逃げて行ってしまった。
もう二度とそんな目で見れないよう、教育してやろうと追いかけたが、ラーシャに邪魔をされた。
「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしたように見やがって!」
ラーシャもあの白竜も、弟のようにフォルテを軽蔑したような顔で見てくる。それが気に入らない。
気に入らない、何もかも気に入らない!!
【ねぇねぇ、何できみはそんなに泣きそうな顔してるの?】
不意に小さな子供のような声が聞こえ、驚いて辺りを見回すと自分の足元に小さな灰竜がいた。
だが、その竜は他の灰竜とは違い透明感があって、夕陽に照らされた身体は金粉を塗したようにキラキラ輝いていて美しかった。
「なんだ…お前…?子竜か?」
【子竜じゃないよ!ちゃんと大きくなれるもん!ほら!】
そう言って灰竜は身体を大きくして見せると、得意げな顔をしてふふん、と笑う。
【どうどう?驚いたでしょ!】
「…別に驚かねーよ」
【えー!?子竜だと思ってた竜が大きくなったら驚くんじゃないの!?…えー、つまんない】
そう言ってしゅん、とする灰竜。表情をコロコロ変える竜はどう見ても子竜の様だったが、それを指摘するとめんどくさそうなので今はやめておくことにした。
【ねぇねぇ、それで何で泣きそうなの?何で何で?】
「別に泣きそうになってねぇって」
【嘘だぁ!すごく悲しそうだったもん!何か嫌なことあったの?ボクがは話聞いてあげるよ!】
「話すことはないって」
【ボクね人の感情とか敏感なんだって!お兄ちゃん達が言ってたんだ!だから、きみが悲しいのとかわかっちゃうんだ】
そう言って灰竜は無邪気な声で笑う。




