鮮烈な赤が心を掴んで離さない
ソルがゼンに連れて来てもらった場所は、噴火こそしないが今も尚、火山活動をしている山の中腹。
赤みが強くて美しい赤竜がいい。そんなソルの要望にアイシャがそれなら、と連れて来てくれた。
大きな岩が辺りにゴロゴロと転がり足場が悪く、十歳の子供には酷な道のりだが、ソルの足取りは軽い。
「うわ、すげ!ここにも落ちてる!!いいなぁ…」
そう言って感嘆の溜息を零す視線の先には赤い鱗が落ちていた。
「持ち帰りたい…」
出来る事なら鞄一杯に鱗を詰めて持ち帰りたいが、それは叶わない。森の管理は厳しく竜の鱗を採取するのには国の許可が必要になってくる。そして、その許可は鱗屋にしか降りない。
宝の山を前にして持ち帰れないのは、ある意味地獄だが言い換えればここには沢山の赤竜がいるって事だ。
「沢山いるとしても、さっきも何人か赤竜に乗ってらやつ見たし、早く俺も契約しないと先を越されて…お、この鱗…!」
不意に目に入った鱗にソルは目を輝かせた。今までで見たことのない鮮烈な赤色の鱗。
「すごい綺麗だ…」
今まで落ちていた鱗の比じゃないくらいに美しい鱗に目を奪われ、手を伸ばそうとするがピタリと動きを止めて首を横に振る。
「いやいや、それだけは絶対ダメだ。…捕まったら試験どころじゃないし…。あぁ、欲しい…。これ以上視界に入らないようにしよう」
後ろ髪を引かれる思いだが犯罪者になるわけにはいかない。ギュッと目をつぶってその場を離れて再び山登りに専念する。
途中でまだ契約を果たしていない赤竜を何匹か見たが、ソルは声をかける気にならず、その場からそっと離れてさらに上を目指す。
「やっぱあの鱗見るべきじゃなかったよなぁ…。あの赤が頭から離れない」
いつの間にか、あの鮮烈な赤い鱗の持ち主と契約したいと思うようになってしまった。
「何がその場のノリだよ…全く」
悪態をつくのと同時にお腹が鳴った。そこでもうお昼時なのを知った。
「とりあえずお弁当食べるか。いい場所は…と」
座るのにちょうどいい岩を探していると、前から他校の男子生徒がこっちに向かって下山して来ているのが見えた。その顔はちょっと不服そうな顔をしている。
何かあったのか気になったソルはその少年に声を掛けてみることにした。
「おい、どうしたんだ?そんな浮かない顔をして。調子悪いのか?」
ソルに声を掛けられ、少年は足を止めると重いため息を吐き出す。
「いや、調子が悪いわけじゃないんだけど。契約に失敗しちゃってさ」
「へぇ?竜に断られたのか?」
「そ、すごい気が強い赤竜でさ。僕を見て“気に入らん”って言って火を吐いてくるんだ」
「そりゃあ、ヤバいな」
「でしょ?他の奴らもその竜と契約しようとしたみたいなんだけど、みんなこんな感じで追い返されてるらしいよ。僕なら行けるかなって思ったけど…」
少年はがっくりと肩を落とした。
「こんなに険しい山を登るだけ無駄だと思うよ。きっとあの竜は誰とも契約しないと思う」
「ふぅん?ちなみにその竜ってどんな色だった?」
「どんなって…赤竜だから赤だけど。あぁ、でも見たことのないくらい綺麗な赤色だったな」
少年の言葉に“ソルの心臓がドクン”と大きく脈打つ。
「綺麗な赤…」
「うん、鮮やかだった。でも、あの竜とは契約できないよ。本当に気が強いんだ」
あの落ちていた鮮烈な赤い鱗の持ち主に違いない。
「ありがとう!俺、ちょっとその竜と交渉してくる!」
「え!?人の話聞いてた!?無理だと思うよ!!ねぇ!」
ソルは少年の忠告に耳を貸さずに走り出す。お昼なんて食べてる場合じゃない。
岩に何度も足を取られて転びそうになるが、何とか持ち堪えて山を駆け登る。心臓がバクバクして痛くても気にしない。足が悲鳴を上げでも気にしない。
鮮烈な赤い竜と契約するためにソルは全力で駆け上る。
息が切れて苦しい、もう走れない。だがようやく頂上まで目と鼻の先のところまで来た。
「ひぃ…疲れた…はぁ、はぁ…。てか、頂上って…火口になってね?」
山を見上げる度に煙が出てるなぁって思っていたがまさか火口だとは。
乱れた呼吸をなんとか整えて、頂上に登る。
「…いた」
そして、見つけた。
火口の中でまるで温泉にでも浸かるかのように、マグマに浸かっている一匹の赤竜。眩しいくらいに白くドロドロに溶かされたマグマの中でもその竜の鱗が鮮烈な美しい赤色なのがわかる。
【なんだ、今日は騒がしいのう。また童が来おったわ】
気だるそうに赤竜がそう言ってソルを見上げた。
【余は誰とも契約せぬぞ。去るがいい】
「…」
何も言わずにぼぅっと自分を見つめるソルに赤竜は怪訝そうな顔をした。
【おい、聞いておるのか?】
「…」
もう一度声を掛けたがやはり反応はない。
【おい、童!!】
「…あ、悪い。つい見惚れてて」
そこでようやく反応を示しソルはそう言って頭をぽりぽり掻く。
【見惚れてただと?】
「いや、綺麗な赤だから。その色いいよなぁ、初めてこんなに綺麗な赤を見た。きっと装飾品にしたらすごく綺麗だろうな」
【宝飾品だと?余を宝飾品扱いする気か?】
赤竜の声色に僅かに怒りが滲んでいるのに気付いて慌てて、首を横に振る。
「いや、あの、えっと、売るとかそう言うんじゃなくて!!あ、でも売るのか?」
【余を売る気か!?】
「そうじゃないって!!俺、竜の鱗で宝飾品を創る職人の息子で、俺もいつかは職人になりたくて…その…あんたの鮮烈な赤い鱗を使ってみたいな…なんて…」
ダメだ。言い訳すればする程、赤竜を怒らせて行く気がする。
【ふん、加工するなら他の赤竜でよかろう。余を使う必要は無い】
「他の赤竜と比べるなよ!その赤はあんたしかいない、最高に美しい赤だ!俺は絶対にあんたと契約する!」
声を張って一気に捲し立てるソルに赤竜は少し恥ずかしそうにすると、翼を出して大きく一回羽ばたくとマグマから出て、ソルの前に着地した。
【余の見た目だけで判断していいのか?】