誰の言いなりにもならない
広い食堂にある純白のクロスが掛かったダイニングテーブルにニアを含めた四人が席につきソルの家とは対照的に静かに夕食を囲っていた。
竜の国一の貿易商[麒麟商会]を率いる、ニアの父であるウィンター。そして、物静かで、ずっと父に寄り添う母のロザリア。[麒麟商会]の跡取りとして厳しく育てられて兄、ケルト。
そんな家族と囲む食事はいつも何処となく緊張感が漂っていて、ニアは少し疲れてしまう。
メイン料理である牛肉の赤ワイン煮を切るナイフが皿に擦れる音が、静かな食堂に響く。
「ニア」
突然、ウィンターに声をかけられニアは料理から顔を上げて父の方に顔向ける。
「何でしょう?」
「明日は試験だな」
「ええ、そうですわね」
ニアは微笑む。父が何を聞きたいのかは手に取るようにわかる。
「お前はどんな竜を望む?」
予想通りの質問。その質問に食事をしていた母と兄も手を止めニアの方に顔を向けた。
「残念ながら、まだ決めていませんわ。…どんな竜がいいか迷ってしまって」
ニアは笑顔を崩さずに答えた。その答えにウィンターは頷く。
「お前は女だからな。嫁ぐ事も考え、攻撃系の竜はやめて置いた方がいいだろう。…ロザリアのように花竜
を選ぶのはどうだ?」
「そうですね、夫よりも強い竜では夫を立てる事が出来ませんからね」
ウィンターの言葉に同意するのは八つ歳の離れた兄のケルト。
ニアは母の椅子の隣で大人しく座る青竜よりも濃い青い色をした花竜、エリンに視線を向ける。
花竜の能力は植物。花や木々を芽吹かせて、攻撃したり身を隠したりするのだが、ほとんど戦闘には向かない。
穏やかな日常生活を送る友として最高のパートナーと言えるだろう。
「癒しの力を持つ橙竜でもいいな」
明日の主人公であるニアを差し置いて、父と兄は竜候補についてあれこれ話を進める。
家の為に好きでもない男と結婚させられるのは、十歳の自分でもわかっているし、幼い頃からずっとそうやって言われて来たから諦めはついている。
けれど、生涯共に生きるパートナーだけは絶対に言いなりになんかならない。絶対にだ。
ニアはフォークとナイフを置くと、ナプキンで上品に口元を拭く。
「…友人が言っていたのですけど」
その一言でウィンターとケルトは会話をやめた。
三人の視線が集まったのを確認して、ニアは今日で一番の笑みを見せた。
「竜選びは“ノリ”なんだそうですよ」
「「ノリ?」」
男二人が首を傾げる中、ロザリアだけは上品に小さく笑う。
「…では、私は明日が早いのでお先に失礼しますわ」
ニアはそう言うと、さっさと食堂を後にする。
部屋に戻る為に長い廊下を歩いていると、お嬢様、と声をかけられ振り返るとケルディが立っていた。
「あら、どうしました?」
「これを」
そう言ってケルディから一枚の地図を渡され、ニアは受け取ると目を丸くした。
そこには黄竜の生息地に何箇所か丸が付けられていた。
「ケルディ…どうして…」
「明日は頑張って下さい。生涯の友を見つけるのはとても大切なことです。誰に命令されるのではなく、自分でちゃんとお選びください」
ニアは年相応の笑みを浮かべると、ケルディに抱きついた。
「ありがとうございます…!明日はきっと私の最高のパートナーを見つけて見せますわ!」
ニアはケルディに渡された地図をギュッと握りしめて、必ず黄竜と契約すると心に誓う。