その声は
セルジュが前に立つと、師匠の身体が強張る。
それを不思議に思いながらもセルジュが頭を下げたが、師匠はなんの反応も示さずただ立ち尽くしているだけ。
どうしたらいいのかわからず、困惑してゼンの方を見るとゼンは苦笑して頷いた。
つまり、始めていいって事だ。
セルジュは棒を構える。
「じゃあ、俺から行きます…!」
そう宣言してセルジュは先程の師匠のように一気に間合いを詰め棒を水平に横一文字に振るうが、さっきまでなんの反応も見せなかった師匠が後ろにわずかに下り棒を縦にしてその攻撃を受け止め、弾き返した。
その反動でよろめくセルジュの腹を蹴り飛ばした。
「っ…!」
砂浜に転がり受け身を取り、すぐに起き上がろうとするセルジュの目の前にはすでに師匠がいて、棒を高く上げて振り下げるところだった。
セルジュは受け止めようと棒を横に持ち替えて構える。
師匠は勢いよく棒を振りさげたが、セルジュの棒にぶつかる前にピタリと動きを止めた。
「?」
何故、攻撃をやめたのかわからない。
訝しげに師匠を見ると、バチっと目が合った。
実際には合ったような気がした。フードのせいで目が見えないから合ったかどうかもよくわからないが合った気がしたのだ。
師匠は後ろに飛び退き、セルジュから距離を取る。
セルジュは立ち上がると、ベインやラーシャの時とは明らか動きが違う師匠を見て首を傾げた。
一体なんなのだろうか。
「“これで終わりにする…!”」
ゼンの声でそう宣言すると、今度は師匠が間合いを詰めて来た。
セルジュは詰められた間合いを離そうとするが、師匠がすぐに離された間合いを詰めてくる。
左下から右上に斜めに棒を無理矢理動かし、棒を持つ師匠の手首を狙うが、逆に棒を薙ぎ払われセルジュの手から棒が吹っ飛ぶ。
「うっ…!」
棒に気を取られた瞬間、腹を突かれ思わずその場にセルジュはしゃがみ込んだ。
「“懐に飛び込んでくるのはいい度胸だ。だが、まだ詰めが甘い”」
師匠はそう言うと、手を招いてラーシャとベインを呼び寄せる。
「“お前達の癖は大体わかった。今から指導を始める”」
それから二時間、師匠はラーシャ達に剣の構え方から、姿勢、強烈な一撃の技や攻撃を受けた時の受け身の取り方や反撃の仕方などをみっちり稽古をつけてくれた。
ルーキス達が戻って来る頃には三人はズタボロになって砂浜に転がっていた。
【なんか初日を思い出す光景だな】
ルーキスはそう言ってラーシャの頭の上にピトッと止まった。
「本当にこの人強いんだよ…」
ラーシャは気だるそうにそう言って砂浜から起き上がった。
【お疲れ様。セルジュもボロボロだね】
「まぁな。…ニクスもお疲れ様」
ニクスがセルジュに寄り添う姿を見て、師匠はグッと拳を握りしめると後ろを向いてアイシャの元へと歩き出す。
「え?帰るんですか?師匠!…たく。じゃあお前ら気をつけて帰れよ!!明日はゆっくり休めよ!俺師匠を送って帰るから!」
「つか、師匠って竜はいないんすか?」
ベインの言葉に師匠がピタリと歩くのをやめて立ち尽くす。
「いや、いないって言うか…なんて言うか…」
「何でゼン先輩が答えてるんだよ」
「いやー…」
ゼンが言いにくそうに顔を顰めた。
「俺の竜は死んだ」
突然、師匠がゼンに代弁させる事なく自分の声でそう言ってその場はシンっと静まり返る。
「俺の竜は…俺のせいで死んだんだ」
師匠はそれ以上何も語らずに、アイシャの背中に乗る。
「じゃ、じゃあな!」
ゼンも逃げるようにアイシャの背中に飛び乗ると、アイシャは空へと飛び上がり去って行った。
「んー…」
【どうした?ラーシャ】
首を捻っているラーシャにルーキスが声をかけた。
「あの声、どっかで聞いたことある思うんだよね…」
「どこで聞いたんだ?駐屯所か?」
「違う。もっと昔…。ねぇ?セルジュ…」
ラーシャはセルジュに声を掛けようとしたが、空を見上げてゼン達が消えて行った方をジッと見つめているセルジュを見て何も言えなかった。




