それでも自分は
セルジュは家に飛び込むと、ドアを勢いよく閉じてラーシャが過ぎ去って行くのを息を殺して見守る。
一度セルジュの家の前で首を傾げた後、ラーシャはそのまま家路に着いて行った。ふぅ、と息を吐き出して扉を閉めた瞬間、ハッとする。
家の中がいつも以上に酒臭い。
さっきの熱は一気に消え去り、背中に冷たい汗が流れ落ちた。
いつも酒を飲んでは暴力を振るう父親だが、今日は尋常じゃない。臭いでわかる。
「おい」
ドキリっと心臓が大きく脈を打つ。
父親のいつもよりも遥かに低い声に、セルジュの身体が微かに震えだすが、意を決して振り返る。
そこにいたのは、酒瓶を片手にセルジュを今にも手に掛けてしまいそうな明確な殺意を持った目で見つめるリライだった。
「明日、試験があるんだってな」
「…」
セルジュは答えない。
五年前からの父の口癖は“お前は俺から大切なものを奪ったんだ。絶対竜とは契約させない”だった。
竜と契約すると言えば殺されるに決まってる。…今のように。
だから言わなかったのに。
「何故、黙ってた!!!」
そう言うのと同時に酒瓶を床に叩き割った。
ヒュッ、と喉の奥が鳴く。セルジュは今まで以上に命の危機を感じて、慌てて外へ出ようとドアノブに手をかけたがリライに襟を掴まれ床に叩きつけられた。
腕に酒瓶の破片が刺さるが、今はそんなこと言ってられない。
セルジュは破片が刺さるのも構わず立ち上がると、二階にある自分の部屋へ向かおうと走り出す。
「まだ話は終わってねぇだろ!!」
酔っているとは思えない速さでリライはセルジュに追いつくと、その頭を殴り飛ばした。
「グッ…!」
あまりの力に身体が吹っ飛び壁に激突する。
頭を殴られた衝撃で目がチカチカした。
「俺は竜と契約して良いなんて許可してないよな?」
リライが血走った目でセルジュを見下ろす。
「お前に竜と契約する資格なんかあるわけねぇのもわかってるよな?」
わかってる。自分の母親と父の竜の死ぬきっかけを作ったのは紛れもなく自分だ。
父が生涯共にずっと生きたいと願った大切な二つを自分は同時に奪ってしまった。
父が自分を嫌い、憎んでいるのもわかる。ましてや父から奪った竜と契約すると言えば憎しみが最高潮に達するのもわかっている。
「わかってる…けど…俺は…」
それでも竜と契約したい。
「だけど俺…!」
自分の想い伝えようと顔を上げた瞬間、父親がさっき割った酒瓶と違う酒瓶を取り出してセルジュに振りかぶる瞬間だった。
父さんみたいに、竜使いになって騎士団長になりたかったんだ。
セルジュの意識は頭で割られた酒瓶と共に砕け散り、そのまま暗闇の中へと引き摺り込まれていった。