罪の所在
飛行訓練は夕方まで続き、駐屯所に着いた頃にはロベリエとセツ以外はその場に倒れ込みぐったりとしていた。
腕輪と耳飾りを回収しながらフリーラは苦笑する。
「…ちょっとやりすぎたかしら?まぁ、いいか。諸君、初日からご苦労、今日はよくやった。また明日、今日と同じ時間にここに集合するように。…今日はゆっくり休んで疲れを癒しなさい」
そう言い残してフリーラは駐屯所の中に入って行く。
帰ったらお風呂に入ってすぐにでもふかふかの布団の中に入って眠ってしまいたい。
が、この後ゼンによる地獄の特訓が待っているのでそれは叶わない。
ラーシャは絶望的な気持ちでため息をついた。
「大丈夫?」
ロベリエが心配そうに手を差し出してくれたので、ラーシャはその手を掴んで立ち上がる。
「ありがとう。…ロベリエは凄いね。全然疲れてないみたいだし、飛行訓練も戦闘慣れしてるし。何か自主練みたいな事してるの?」
「あぁ、私のおじいちゃん、元騎士団なのよ。だから、毎日訓練してもらってるんだ」
「え!そうなの!?私のおばあちゃんも元騎士団なんだよ」
「うん、知ってる」
ロベリエは冷ややかな目でラーシャを射抜く。
突然の豹変ぶりにラーシャは思わず一歩下がる。背中に冷たいものが、つぅーと流れ落ちるのを感じる。
「ラーシャのおばあさんって鬼神のシューリカでしょ?」
「そう、だけど…」
これはダメなやつだ。
ラーシャの直感がそう警鐘を鳴らす。シューリカの名前を出す時にこんな表情をする人は大体、碌なことがない。
ラーシャの心情を知っているのか、知らないのかロベリエは冷ややかな目はそのままに微笑んだ。
「おじいちゃんの訓練ってすっごく厳しいの。おじいちゃんが私に訓練する時にいつも言うのよ。“あんな非道な人間の孫達に負ける事は絶対に許さない”って。…本当は十五歳で騎士団に入団して、その年に世界樹の試練を受けるつもりだったのに体調崩しちゃってゼンの記録は越えられなくなっちゃった。おじいちゃんにはこの世の終わりかってくらい物凄く怒られたわ。だから、私はラーシャには絶対負けられないの。ラーシャよりも体力をつけて、ラーシャよりも飛行技術を身につけて今年こそ試練を受けるわ」
ラーシャは何も言えずにゴクリと唾を飲み込む。
「私が凄いのは努力を重ねた結果であり当然なのよ。…あ、勘違いして欲しくないんだけど、私はラーシャのこと好きよ?これからも仲良くしてね。じゃあまた明日!」
ロベリエは言いたいことだけ言うとセツに乗り飛び去って行った。
「大丈夫か?」
ロベリエが消えていった空を眺めていると、セルジュが声をかけて来た。
「大丈夫、よくある事だし。これでも街に出たりするとたまにシューリカの孫だって嫌味を言われることもあるから慣れてるよ」
国を勝利に導いた英雄であり、国のためとは言え、仲間に幻影まで見せて無理矢理戦わせた非道の鬼神。
尊敬や感謝を抱く者もいれば、畏怖や憎しみを抱く者もいる。
シューリカの孫である以上、こういう事は全て受け止めなければならない。それが、シューリカによって戦場で無理矢理戦わせられた兵士達への罪滅ぼしになるような気がするから。
「さて、帰ろっか。この後すぐにゼン兄の訓練もあるし」
「そうだな。少し俺寝たいし」
あくびを噛み殺しながらベインがそう言うと、その場は一旦解散となり、それぞれが家路につく。
【ラーシャ】
飛び始めてしばらくしてルーキスが口を開いた。
「…どうしたの?」
【お前はどう思ってるかわからないが、少なくともお前が罪の意識に囚われる必要は無いんだぞ?】
「…孫なのに?」
【シューリカの罪はシューリカだけのものだ。お前まで背負う必要は無い】
「そうかも。でも、おばあちゃんだけに背負わせるのは荷が重いじゃん?私も背負ってあげたら少しは軽くなるかなって。おばあちゃん、たまに辛そうにしてる時あるから」
ルーキスは鼻を鳴らして、お人よしめ、と悪態をついた。
【なら、オレも背負ってやるよ。お前の相棒だからな。今度はオレも一緒に嫌味聞いてやるよ】
ラーシャはちょっと驚いた後、すぐに笑顔になって、ルーキスの背を撫ででやった。




