プロローグ
美しかった島は今や至る所に人や竜の死体が転がっていて、島全体が死で覆われている。
誰がこの地獄のような場所を世界の始まりと言われた世界樹ユグドラシルが生える原初の島だと思うだろう。
周りの木々が燃え盛り酷い有様の中、世界樹ユグドラシルだけが無傷でそこに聳え立っている。
その近くで、体中血だらけにしたニ匹の白と黒の竜が横たわっていた。
ニ匹の竜の鱗は炎に照らされ、わずかに虹色に輝いている。
そんな竜のうちの白い方が、忌々しそうに首だけを動かし空を見上げた。
曇天の空。
そこには何もなく、さらに白い竜の気持ちを暗くさせる。
結局、自分達を創り出した二匹は一切助けに来る事は無かった。
世界が滅ぶかもしれないというのに、あいつらは安全な場所で竜や人間が必死に阻止しようとする姿をまるで余興のように楽しんでいるのだ。
あいつらは世界が滅ぼうが滅ぶまいが、興味がない。
無いからこそ、この状況を楽しめる。
…腹ただしい。
ならば、人間に力を貸す契約などしなければよかったものを。
そうすれば、こんな気持ちを知らずに済んだのに。
友が…相棒が死んだ悲しみでこの身が引き裂かれそうな苦痛を。
【多くの犠牲は出たけど…それでも世界は救えたね…】
白い竜が歯軋りをしていると、隣で寝転んでいた黒い竜が身体を起こして声を掛けて来た。
白い竜は世界樹を見て、その近くで冷たくなっている者達に視線を移す。
鎧を纏って死んでいる者達とは違い、彼らは白い服を着ていた。
その服も今では、煤と血に塗れ見るも無惨になっているが。
彼らは世界樹を守る為に世界樹から選ばれた守人。
この戦いで他の国の人々と共に世界樹を守り抜き死んでいった英雄達だ。
【…こうなるって分かっていたんだ!!助けに来てくれれば、守人も他の国のやつも…オレの相棒だって死なずに済んだのに…!】
その言葉に黒い竜は首を横に振った。
【… 最初から助けなんて来ないってわかってただろう?】
【うるさいっ!!!】
白い竜は怒りのあまり、身体を震わせて怒鳴った。
【オレはあいつらを許さないっ!!絶対に!!】
喚く白い竜に、黒い竜は顔を顰めると目の前に転がっている小さな卵に視線を落とす。
【許せない気持ちはボクにもわかる。…でも今は、卵に戻ってしまったこの子を竜の国に連れて行ってあげよう。…今一番、傷付いているのはこの子だよ】
黒い竜は小さな卵を大事そうに抱える。
【穢れが消えるまで、竜の国で寝かせてあげないとね。…ボク達の可愛い弟だ。彼らが守らないならボクらが守らないと】
【…】
白い竜はゆっくり立ち上がるとそのボロボロの翼を広げた。
【エルダー?】
【オレはもうエルダーじゃない。相棒が死んだ時点で、オレはただの白だ。お前だってただの黒だろ】
【そう、だね…。ごめん、悪かった】
黒い竜は辛そうに顔を歪めた後、ため息をついて首を傾げる。
【白はどこに行くつもりなんだい?】
【戻る】
【そんな傷で?もう少し、傷が癒えてから帰った方がいいんじゃない?】
【お前はもう少しここにいて、そいつと戻ってくればいい。オレは先に行く】
辛そうな顔をする黒い竜に白い竜はさらに追い打ちをかける。
【ああ…。言い忘れてたが、オレはもう人間と契約しない】
【そんなこと言って…。弟を守るって話したばっかりだろう?】
【弟は守る。…だが、もう二度と人間とは契約しない。…絶対に】
白い竜はそう言い残して、空へと飛び去っていく。
そんな白い竜を見送ると、黒い竜は地面に横たわりため息をついた。
【そんな悲しい事、言っちゃダメだよ白…】
黒い竜はそう言って目を閉じた。
今の白を癒せるのは、きっと呆れるほど真っ直ぐで彼の捻くれた心を強引に引っ張ってくれるような人間だけだろう。
願わくば、白がそんな人間と出会って救われますように…。
そう願いながら、黒い竜は深い闇の中へと意識を落とした。
ーーーーそれから、千年の時が過ぎ運命が動き出そうとしていた。