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 クドゥームが俺に命じたのは、とある『人間』の身辺調査だった。


「そいつはドゥーティ・カラムというんだが……」


 クドゥームが俺にその話を聞かせたのは、真昼のマムナッタンのブレーダウェイを歩きながらだった。


 この通りにはミュージカルを見せる劇場が立ち並んでいる。

 数百デラーで高級なオペラを見せる大きな劇場から、ポケットの小銭程度でストリップを見せる小さな劇場(小屋)まで。


 夜になればこの通りは、ぴっちりと隙なく化粧をした娼婦のように美しくにぎわう。

 しかしほとんどの劇場が開演前であるこの時間、ストリートはだらしなくベッドで眠る女のように油断しきった雰囲気を漂わせていた。


 人通りもまばらなストリートのど真ん中を歩きながら、クドゥームは『ドゥーティ・カラム』がいかなる人物であるのかを俺に語ってくれた。


「こいつは一見すると清廉潔白って面構えだけどな、それはあくまでも外面ってやつだよ」


 その名前だけは俺も知っている。カラム氏はこの街の市長であるからだ。


 たしか『レッツ・クリーンナップ』をスローガンに掲げ、浮浪者を収容するためのシェルターを作ったり、ブレーダウェイのような観光の目玉となる通りへのギャングの立ち入りを制限する方を制定したり、この街が外から来た人間にとって『美しく見えるように』仕立て上げた辣腕だと聞いている。

 もちろん支持率も高く、この街の顔といっても差し支えない人物だ。


「ところが、こいつから清廉潔白の皮をはぐと、とんでもない裏の顔が隠れているってわけだ」


 クドゥームは通りの劇場をいくつか指さした。


「あれも、これも、そこにあるストリップ小屋も、全部がそのドゥーティ・カラムの持ち物だ」


 二つは、いかにもまじめそうなかっちりとした文字で書かれた看板を掲げた大劇場だった。

 あとはけばけばしいサイケデリックな看板の前衛劇場だったり、ストリップ小屋だったり……クドゥームの言葉を真実だとするならば、この通りのほとんどの劇場がカラム氏の所有物だということになる。


「別に登記上の持ち主ってわけじゃない。それぞれの劇場主はドーティ・カラムとはゆかりもない人物だ。だけど、そいつらはみんな、ステーネ・バージンという人物に上納金を収めている」


「ステーネ・バージン……聞いたことがある。ハミングバードのオーナーがそんな名前だった」


「そう、ハミングバードだけじゃなくて、他にも、あのストリートに何軒か店を持っている大地主だ」


「で、その男がカラム氏のなんだっていうんだ」


「本人さ。ドゥーティ・カラム本人なんだよ」


 俺たちはちょうど、まっすぐ行けばタイメザスクエアまで数ブロックというところに来ていた。

 そこでクドゥームは道を右に曲がった。

 そこは少しさびれた通りで、入り口に木の板を打ち付けた建物がいくつか並んでいた。

 開店しているのはガラス張りのショウウインドゥ越しにあくびをしている店主が見える小売店グロッサリーストアだけ。


 通りのど真ん中に古臭い石造りの劇場があって、ここは入り口を開けてはいるが、まだ開演前ということもあって人の気配はない。


 クドゥームはその建物の前で足を止めた。


「そして、この建物もステーネ・バージン名義で登記されているってわけさ」


 見上げれば、マムナッタンの埃っぽい陽光を浴びて、建物の古さばかりが際立って見える。

 石材はそれ自体が粉じんに塗れたようなざらっぽい灰白色の砂岩でできていて、柱は真ん中をふとらせて上下に細かな飾り彫りを入れた神殿風のものだ。

 神秘性を演出しようとしたのか、屋根の上にはバカでかいガーゴイルの彫刻が胸を張ってそびえたっている。


 ところが建物の荘厳さに反して、入り口付近の飾りつけは悪趣味で安っぽいものだった。

 まずはボール紙にギラギラした色で『女体の深淵・奥の奥まで見せます!』と書きなぐった看板――薄い紙を束ねて作った花を縁取りのように張り付けてあり、見た目は確かに華やかだが安っぽい。

 足元には昨夜の客が投げていったのだろうスナックの包み紙や、食べ残しの肉がたっぷりと絡みついたチキンの骨なんかが捨ててあって汚らしい。


 ストリップ劇場であることは一目瞭然だが、あまりにも安っぽい。

 高級なストリッパーになれば股をひらかずに美しい姿態だけでチップをねだれるものだが、ここにいるストリッパーは惜しげもなく大股を開いて女体の神秘の奥底までを客に晒して、それでももらえるのは気まぐれな客がくれる小銭程度だろうということが、容易に想像できて悲しい。


 すこし眉根を曇らせた俺の表情に気づいたのか、クドゥームはとびっきりうれしそうな声で言った。


「さて、そんな君に残念なお知らせだ。ハーラン・ノーランは週に二回、ここの舞台に立っていた」


「そんなバカな、あいつはストリッパーじゃない、歌手だ」


「本当に場末の酒場の歌手なんて仕事だけで亭主を飼っておけると思ってるのかい、あんた、思ったよりめでたいな」


 俺は黙って横を向く。

 するとクドゥームは、今度は猫を撫でるような優しい声を出した。


「まあ、舞台に立って何をしていたかまでは、俺も知らない。もしかしたら前座で歌を歌っていただけかもしれないしな、何事も思い込みは良くない」


「それでも週に二回、この小屋に来ていたってのは事実なんだろ?」


「それだって、入り口をくぐったってだけで、ひょっとしたら裏口から抜け出してもっとやばい仕事に出かけるためのカモフラージュだったのかもしれん。それを今から、自分で確かめて来いと、そういうことだよ」


 クドゥームは劇場に向かって、俺の背中を押した。


「ここにレイスという名のストリッパーがいる。ここの看板娘だ。あんたがハーラン・ノーランの亭主だといえば、喜んで会ってくれるだろうさ」


「つまり、そのレイスってやつから情報を引き出して来いと、そういうことだな」


「察しが早くて助かるよ、頼んだぜ」


 一度言葉を切ったクドゥームは、大きな蜥蜴口を横に大きく引き伸ばして、とってつけたように言った。


「相棒」


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