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 その奥にはもう一枚、ニスすら塗っていない安っぽいドアがあって、それを開くと俺の背丈よりも高くそびえたつ棚が何列も並んでいる。

 どの棚にもぎっしりと書類が詰め込んであって、部屋全体がかび臭い。


「さて、ここが書類庫だ」


 そう言ってドアを閉めたリザードマンは、突然、手の中の光球を握りつぶして消した。

 当然、部屋の中は真っ暗だ。


「お、おい!?」


 おどろく俺に、暗闇の中から応える声。


「なんだ、どうした?」


「明かりをつけてくれ、真っ暗じゃないか!」


「ああ、心配することはないさ、私の目は少し特殊でね、モノを見るのに光など必要ないんだよ」


「あんたはそうかもしれないが、こんなに暗くっちゃ、俺は何も見えないんだ」


「そうか、人間っていうのは不便だな」


 言葉とともに、鈍い衝撃が俺の鳩尾に叩きこまれた。


 俺は激しくせき込みながら膝をつく。

 何しろ横隔膜をえぐるようにたたき上げて肺の腑の空気全てを押し出されてしまったのだから、呼吸機能が一時的にマヒしてしまっている。


 どうやらリザードマンは闇にまぎれて俺に拳を一つ、叩き込んでくれたらしい。

 なんのために?


 ともかく、殴られっぱなしってわけにもいかない。

 俺はもがきながら立ち上がり、苦しみながら息を飲み下して目の前の闇をにらみつけた。


 しかし、どれほど目を凝らしても目の前の闇は深く、視界は塗りつぶされてしまったかのように黒一色――針先ほどの光すらない完全な闇色に染まっている。

 リザードマンの姿はおろか、気配すら感じられない。


 ハンデのつもりなのか、声が聞こえた。


「どっちを見てるんだ、こっちだよ、こっち」


 ハッとして振り向けば、その顎先にまた一つ、拳の衝撃が。

 俺は軽い脳震盪をおこしてよろめく。


 闇の中から聞こえるリザードマンの声は少し挑発的である。


「どうした、まさか、このまま一方的に殴られて終わりかい?」


 俺はよろめく膝を踏ん張って、闇の中に叫んだ。


「いったい、どうしてこんなことを!」


 返されたのは腹にめり込む拳の感触、そして耳元で囁く低い声。


「どうしてって? 取り調べだよ」


 その瞬間、俺の脳裏で何かが弾けた。

 それは前世での記憶の断片であるようだった。

 もうろうとする意識の中、俺は短い夢を見た。


 それは狭い部屋の夢だった――。

 部屋の真ん中には机が一つ置いてあって、俺はその机越しにいかにもふてぶてしい顔をした『容疑者』と向かい合って座っている。

 部屋の入り口近くには別の小さな机があって、そこに向かっている男は、どうやら部屋でのやり取りを記録しているようだ。


 俺はひどくいらだっている。

 どうやら目の前の男に対して怒りを覚えているらしい。

 だが、堅く握りしめた拳を震わせながら、怒りを飲み込もうと必死で耐えている……そう、これが俺の元いた世界での『取り調べ』の光景だ。


 俺は浅い記憶の断片から覚醒し、闇の中に向かって言った。


「こんなものが取り調べなものか、取り調べっていうのは、もっと知的な……」


 言葉を終わりまで待たず、右頬にはたき込まれるビンタ。

 その衝撃で左へよろめいたところを、すかさず左からもう一発、横っ面を張られる。


 今度は右へ傾いた俺の体を、闇の中から伸びてきた腕が抱きとめた。

 もちろん守るためではなく、さらなる苦痛を与えるために。


 手首のあたりにザラリとしたうろこの感触を感じた、と思った次の瞬間には、俺の右腕は背中の方向にねじりあげられている。

 さらに声が、俺の耳元で囁く。


「まるで『取り調べ』ってものを知っているような口をきくじゃぁないかよ、あぁん?」


 何か答えようにも、腕をねじられる苦痛にわずかなうめき声を上げることしかできない。


 俺としては、元いた世界での取り調べというものが容疑者に苦痛を与えて自白を強要する行為ではなく、容疑者の人権や世論に配慮して暴力など使わず心理戦によって真実を聞き出すことであるということを伝えたかったのだが……このリザードマンは、ハナから俺にしゃべらせる気などないようだ。


「いいか、ここではこれが『取り調べ』だ。あんたは私の質問に、イエスかノーかで答えればいい、分かったか?」


 俺は必死になって頷いたのだが、リザードマンはそれを許してはくれなかった。


「答えはちゃんと、イエスかノーかで!」


 さらに強く腕を引き上げられて、俺は悲鳴混じりに叫ぶ。


「イ……イエスっ!」


「よおし、いい子だ。あんた、『ハーラン=ノーレスク』を探しているんだな?」


「イエス……」


「それは、ハミングバードの『ハーラン=ノーレスク』で間違いないか?」


「イエス」


「ってことは……あんた、『やつら』の仲間か?」


「やつ……ら?」


「答えはイエスかノー、それ以外は認めない」


「待ってくれ、答えようにも、『やつら』ってのが誰なのかわからなくっちゃ、答えようがない!」


「あんた、ハーランから何も聞いてないのか?」


「聞くって、何を?」


「とぼけるんじゃねえ」


 俺の腕がさらに引き上げられる。

 肩のあたりで骨がミシミシと音を立てている。

 暗闇からは、さらに鋭い声。


「これが最後の質問だ。あんたがここに来たのは、ただ女房を探すためだけ、そうなのか?」


「イエス! イエスだっ!」


「……そうか」


 腕を捩じ上げる力はいくぶん弱まったが、リザードマンは俺の手を放そうとなしなかった。

 暗い暗い部屋の中で、沈黙だけがしばらく続く。


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