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 扉は飾りもそっけもない頑丈さだけが取り柄みたいな分厚い一枚板のもの、押せば油の切れた蝶番が悲鳴のような音を立てる。

 その奥は地下室に続いている下り階段があって、その底は闇をぶちまけたみたいに暗い。


 不意に、リザードマンが言った。


「君、魔法は使えるか?」


 この世界には当然であるかのように『魔法』が存在する……とはいっても魔法の源となる魔力のあるなしは先天的な体質の問題であり、なおかつ魔法を使いこなすには素養が必要となるため、誰もが魔法使いになれるわけではないが。


 もっとも、このマムナッタンには夢破れて流れ着く者も多いため、なんの変哲もないおっさんだと思っていた隣人が若いころは魔法学校カレッジで正式に魔法の勉強をした魔術師崩れだということも少なくない。

 余計なトラブルを賢く避けるつもりなら、相手がどれほどの魔法を使うのかを把握しておくのは、この街では正しいやり方なのだ。


 幸か不幸か、転生者である俺には魔法に対する『素養』というものが不足している。

 魔力を持つ体質であるかどうかを確かめたこともないのだから、答えは「ノー」だ。


 俺が首を横に振ると、リザードマンはそっけなく「そうか」とつぶやいた。


「もっとも、魔法が使えたところで、この先の書類庫では魔法の使用は禁止だ。特に火属性魔法なんか絶対に使ってはいけない、こんがりとローストされたくないのなら、な」


 すこし冗談めかして言った後で、リザードマンは片手を軽く上げた。


「ここで唯一、許されている魔法がこれだ」


 呪文は短く鋭く、肺にためた呼吸を吐き出すように一気に。


光よ(レライト)


 うろこの生えた手の中に、拳ほどの大きさの光球が現れた。

 あたりはパッと明るくなり、壁に貼られた花崗岩のざらつき具合までもが明らかになる。


「純粋な光の魔法だ、熱は全く発しない。ここでの俺の仕事は、ランプ替わりってわけだ」


 その光球に手をかざしてみるが、確かに熱は全くない。

 ただ明るいだけである。

 それでも地下へ続く階段の暗さを追い払うには十分である。


 リザードマンは光球の灯った片手を口元に近づけて、ふっと息をかけて見せる。

 どうやら「ごらんのとおり吹いても消えません」ってのを見せたいのだろうが、そのしぐさがマジシャンっぽくて鼻につく。


 いけ好かないやつだ。

 だが、今の俺には彼を頼るほかにつてがない。


 ハーラン――俺の女房が消えたのは一週間前のことだ。

 その日、彼女は昼頃に起きて仕事に向かった。

 彼女の表向きの仕事は『ハミングバード』というバーの『歌手』であり、いつもならもっと夕方近くなってから出勤するはずなのに……その日は出勤前に『特別な客』と会うのだと言っていた。

 これは別に珍しいことじゃない。


 場末のバーで歌っているだけの『歌手』の稼ぎなんてたかが知れている。

 この街で確実に手っ取り早く日銭を得るつもりなら『舞台の外』で客をとるのが手っ取り早い。

 とどのつまり売春である。


 彼女が歌うステージは商品陳列のための棚のようなものだ。

 男たちは懐に余裕があれば棚に並んだ商品にちょいと手を出すことができる。

 手淫(お手軽)なら10デラー、口淫(贅沢)なら30デラー、『それ以上』は交渉次第というわけだ。


 俺は情けないことにハーランに養われている身だ。

 だから彼女の稼ぎ方に口を出せるわけがない。

 だからその日も、『特別な客と出勤前に会う』がなにを意味するのか解っていながら、俺は黙って彼女を送り出した。


 そしてそれっきり、彼女は帰ってこなかった――。


 俺としては彼女が出勤前に会った客、まずはこいつの話を聞きたいと思っているのだが、ハミングバードの店員は誰ひとりとしてこの日の『客』が誰なのかを把握していなかった。

 もっと捜査の手を広げようにも、個人では限界がある。


 だから俺は国営警備兵隊という後ろ盾を得るために、ここではこのリザードマンの気障に目をつぶってでも彼に取り入る必要がある、というわけだ。


 俺は光球を掲げるリザードマンに向かって感嘆のため息をついてみせた。


「すごいな、本当に光なんだな」


 リザードマンはこれに気を良くしたらしく、鼻先をすこしあげて胸を張った。


「転生者というのは無邪気だな、光属性魔法を見るのは初めてかい?」


「光属性もなにも、こっちに来てからまだ魔法ってもんを見たことがなくってな」


「ふむ、一般市民の魔法の使用は法によって厳しく規制されているからね。街角で迂闊にファイアーストームでも撃たれたら、治安は維持できないだろう?」


「なるほど、つまりこの世界ではきちんとした法規制が守られていると」


「そうとは言い切れない。法の抜け道なんかいくらだってあるし、なにより、魔法という『武器』を実際に手にしているものが、いつでもおとなしく法を守るとは限らないだろう。この国は……特にこの街は危うい道徳の上に成り立っている」


 そう言い終わると、リザードマンは片手の人差し指でくいくいと俺を招いた。


「ともかく、この下にある資料庫に案内しよう。すでに言った通りここから先は魔法の使用は厳禁、それからもちろん、資料を外に持ち出すことも禁止だ。必要な情報は、すべて頭の中にメモしたまえ」


「それは大丈夫、記憶力には自信がある」


「ほう、転生前の記憶を失った男の言い草とは思えないな」


「べつに、全部が全部忘れたってわけじゃない、覚えていることもいくつかはある」


「それは興味深いね、だが今は聞いている時間がない。下へ降りても?」


「ああ」


 それで俺は、リザードマンに先導されて階段を下りた。

 気がめいるほど陰気くさくてかび臭い階段だったが、思ったより深くはない。


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