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 俺が住むエレンデュラ国は複合国家である。

 ニンゲンを筆頭に、エルフ、ドワーフ、オーク、それに異業の体に人の知性をそなえた種々雑多な『魔族』が入り乱れて暮らす国である。


 とはいっても異種族同士が完全に仲良く暮らせるわけがない。

 田舎へ行けば種族の片寄りは顕著だ。


 それぞれの州に独立自治権が与えられており、国の南端にあるエルフニアでは住人の七割がエルフであるという。

 逆に北の方には住民のほとんどがドワーフであり、公共の設備もドワーフの体格に合わせて作られた、まさにドワーフのための街があるのだとも聞く。


 だがそれは田舎特有の閉塞感を生む。

 多く若者はしきたりと同族のおきてに縛られた田舎暮らしを嫌い、自由を求めて国都ニューマンへとのぼる。

 それ故にこの国の中で、国都ニューマンだけがまさしく『多種族国家』の名にふさわしい種族のるつぼと化している。


 俺は三年前、この世界へと転生した。それも国都ニューマンのど真ん中に。


 この街はありとあらゆる種族が集まる町だからこそ、俺のような『転生者』という異質な者をすんなり受け入れてくれた。


 この街ではお互いの過去を深く詮索しないことが暗黙のルールである。

 だから毎日バーで顔を合わせるドワーフの爺さんも、やたらと親切顔でチップをねだるストアの店員も、下手をすればこの街も誰も、俺が転生者であることを知らない。


 だが、俺は今、久しぶりに自分が転生者であることを思い知らされていた。場所はマムナッタンの5丁目、国営警備兵舎の受付でのことである。


 マムナッタンはニューマンの貧民窟であり、ここに暮らすのはほとんどが水商売か日銭を稼ぐ軽微な作業でその日の暮らしをやっとつなぐような、そんな底辺住民ばかりである。

 通りには浮浪者がうろつき、その傍らを今日の酒代だけをやっと稼いだしょぼくれたドルイドの爺さんがウイスキーのボトルを片手に、足早に通り過ぎる。

 棟割長屋テラスハウスの前に置かれたゴミバケツはいつでもいっぱいで、それを酔っ払いが通りすがりに蹴飛ばすものだから、中身は道にぶちまけられてカラスがそこにたかるありさまである。


 不潔な猥雑と引き換えに自由を得る街、マムナッタン――その貧民街の国営警備兵舎なのだから、まともな兵が置かれているわけがない。

 ここに来る兵は地方の町で何かをしでかした不良兵か、余りにも仕事がグズくてよそでは使い物にならないようなあぶれものばかりなのである。


 そのせいだろうか、受付に並んでいるのはせいぜいが三人だというのに、俺は二時間も待たされた。


 受付に立っていたのは、やたら腹のせり出したオークであった。そいつは俺が提出した届け出用紙の『種族』欄に目を止めた。


「てえせんしゃ?」


「違う、『転生者』だ」


「ああ、ああ、なるほどね、そりゃアンタ、スペルが違うよ」


 オークはデスクの端から擦り切れた羽ペンを取り上げて、俺が書いた文字に訂正を入れてくれた。

 ペン先は毛羽立って粗悪な紙の上で何度か引っかかったが、ようやく訂正を終えると、オークはにっこりと笑った。


「安心してくれ、俺は種族で人を判断したりしないんでな」


 それはどうだろうか、オークは自尊心ばかりが強いことで有名な種族だ。


 ニューマンで一番優位にある種族はニンゲンである。

 ニンゲンは金儲けと政治が上手くて、この街の主要なポストはすべてニンゲンが牛耳っている。

 その多くはニューマンの西にある白い石造りの瀟洒な邸宅が並ぶマチュート通りに住んでいる。


 その優位種族であるニンゲンとは生物的に何ら差がないというのに、『転生者』の扱いは異端児を嫌う世間のそれだ。

 俺が今日までこの街で無事に暮らしてこられたのは、過去を詮索しないというこの街のルールに守られてのことである。


 いま、俺の正体が『転生者』だと気づいたこのオークは、人間に対する日頃のうっぷんを晴らそうというのか、鼻の穴を大きく広げてニヤニヤと笑っていた。


「捜索届ねえ、こんなものを出したところで、無駄だとは思うがな」


「頼む、受理してくれ、女房が行方不明なんだ」


「女房ねえ、ここにはハーピィの女だって書いてあるが?」


「だから、そのハーピィが俺の女房なんだ」


「いや、いやいや、あらまあ、これはぶったまげたぜ!」


 オークはついにゲラゲラと声を上げて笑い出した。


「あんたの女房がハーピィだって? あんたの『財布』の間違いだろ?」


 たしかにオークの言う通り、『転生者』である俺はろくな仕事に就くこともできず、女房の稼ぎに頼って生きているヒモではあるが。


 オークはさらにヒーヒーと呼吸を乱すほど笑い転げた。


「な~にが偉そうにダンナ気取りなんだか、どうせ古くなったヒモに飽きた財布が逃げ出したってだけの話だろ」


「そんなはずはない、女房は俺を確かに愛していた、だからこれは女房の意思ではなく誘拐かもしれないんだ、頼む、捜査を!」


 オークはついに笑うことをやめて、妙に冷たい目線で俺をねめつけた。


「愛ねえ……便利な言葉だな。あんたみたいなあぶれものが女に追いすがろうとするときのイイワケだ」


「俺のことは何と罵ってくれても構わない、捜査を!」


「いや、これは受理できない。あんたの『財布』が、金を搾取される生活に嫌気がさして出て行ったって可能性だってある、むしろそっちのセンが濃厚だ。金の搾取だけならまだしも、もっとひどいことをされていたって可能性もあるな」


「もっとひどいこと?」


「つまり暴力さ。あんたは見てくれニンゲンなんだ、そりゃあハーピィなんて下位種は格好のストレスのはけ口だっただろうさ。もしもそういった暴力から逃げたんだとしたら、ここでこのハーピィを探すのは彼女にとって危険だと、俺は判断したね」


「暴力なんかふるったことはない、断じて」


「どうだか……ともかくこれは受け取れない。持って帰んな」


 オークが俺に届け出用紙を突っ返してくる。

 俺は片手を差し出して、その用紙をオークの手元に押し込もうとする。


「頼む、ウチの女房を探してくれ」


「ダメだ。ニンゲンは嘘が上手い、この届出だってウソだらけに決まっている」


「嘘なんか書いていない」


「ともかく、ダメだ」


 俺たちはしばらくもみ合っていたが、オークは頑として届け出用紙をおさめようとはしない。


 と、その時、部屋の奥から低い、唸るような声が聞こえた。


「うるせえな、何を騒いでいるんだ」


 どうやらオークの背後にあるソファに、誰か寝ているらしい。

 もそりと身を起こしたそれは、トカゲ頭をした魔族――リザードマンであった。


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