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幾千の星を探して

作者: 涼月 風




「ねぇ、お姉ちゃん。お星様に名前があるでしょう? 夕実(ゆみ)の名前もある? 」


 そう、いきなり尋ねられた。


 それは、転んで手の骨にヒビが入ってしまい、担ぎ込まれた病院で数日過ごした時の事だった。


 売店に近いリハビリ室の前のベンチに腰掛けジュースを飲んでいると、リハビリ室から出てきた少女が私に向かってそう言ったのだ。


「ごめんね。お姉ちゃん、星のお名前詳しくないのよ」


 私は、星は好きだが名前を言える程ではない。

 ただ、ボーッと眺めているだけの興味しかなかった。


「そうなんだ……」


 うな垂れるように、下を向く少女。

 年は7、8歳、そのあたりだろう。


「ねぇ、何でお星様の名前が気になるの? 」


「だって、死んだらお星様になるんだよ。夕実の星が無かったらどこに行けばいいの? 」


「えっ……」


 ここが公園ならそんなに気にもならない言葉だ。

 だが、ここは病院だ。

 おまけに、少女は入院患者が着用するパジャマを着ている。


 気にならない訳がない……


 何と答えたらよいのだろう。

 頭の中で適切な言葉をさらっていると、付き添いの看護師の女性がやってきてその少女を連れて行ってしまった。


 私は、まだ、少女に答えていない。

 何と言えば……

 頭の中は、その事でいっぱいだった。



〜〜〜



 慣れない枕

 硬めのベッド

 荒い生地の白いシーツ


 早めの就寝時間がきて、眠れぬままベッドに横たわる。


 部屋の照明は消され、空調の音がやけに大きく感じる。


 この病院に運び込まれて2日目。

 私は、もう家に帰りたくて仕方がなかった。


 私がここにいるのは、会社帰りに転んで、左手にヒビが入っただけだ。

 状態が良かったのか、2、3日で退院できると言われたのだが、その後の血液検査の結果から、別の病気の疑いがあると言われ精密検査を兼ねて一週間入院する事となった。


 眠れぬ夜をどうにかやり過ごし、入院3日目の今日、その少女に声をかけられた。


 それから、その返答を頭の中で探している。


 次の日、私はその少女を探して検査の時間以外は、声をかけられたベンチに座っていた。


 次の日も……


 そして、次の日も……


「なかなか会えないなぁ」


 看護士さんに聞けば教えてくれるかしら……


 リハビリ室にいる看護士さんに声をかけて、少女の容姿を伝えた。


 だが、看護士の返答は、個人情報なので教えられない、という冷たい言葉が返ってきただけだった。


「個人情報かぁ、確かに必要だと思うよ。だけど、少しぐらい融通きかせてくれたっていいじゃない」


 私は、心の中でそうボヤいた。


 その夜、また、眠れぬ夜がくる。

 入院した時から個室だった私は、スマホを取り出して好きなサイトを見ていた。


 すると、探していた女の子が現れた。


「あれっ、夕実ちゃんだよね。いつ入ってきたの? 」


 声をかけるが返答は無い。


「お姉ちゃん、あれからお星様の事を調べたんだ。「ゆみ」って星の名前は無かったけど新しいお星様を見つけたら名前をつけられるの。だから、新しいお星様を一緒に探そう」


 これが、私が選んだ言葉だった。

この少女を傷つけずに、前向きになれるだろうと一生懸命考えた言葉だ。


「ないの……」


 少女はか細い声で答えた。


「ほら、ちょっと見てごらん。このスマホの、このサイトに〜〜」


 私は、星の名前をつけれる権利が記載してあるサイトを探す。

 新しい星を見つけた場合は、見つけた順で3名まで星に名前をつけれる権利を勝ち取る事が出来る。


「夕実ちゃん、ほらっ、見て……」


 少女の姿は、もう、見えなかった。


 次の日、気になって看護士さんに聞いた。

 夜中に夕実ちゃんが私の病室に現れていつのまにかいなくなった件を……


 気になったのは、その存在感である。

 誰かが入ってくれば、静まりかえった病室で気づかないはずはない。


 だって、空調の音さえ気になるのだから……


 看護士は、一瞬、驚いた顔をしていたが、やはり、個人情報という名目で教えてくれなかった。


 次の夜……


 やはり、夕実ちゃんは私の病室に入ってきた。


 もう、間違いない……


 存在感の薄さ……

 生気の無い顔……


 私は、勇気を振り絞って話かける。


「夕実ちゃん。夕実ちゃんのお星様見つかったよ。お星様には、和名というものがあってね、昔から日本語で呼ばれていた名前があるのよ」


 私は、サイトを見まくって、星の和名を見つけた。

 漢字は違うがそれは仕方ないと思うことにした。


「ほら、この星。この星は、弓星と言ってカシオペア座の事をそう呼んでるんだよ。夕実ちゃんの星はこれだよ」


 そう言うと、夕実ちゃんは私がダウンロードした星座のアプリを覗き込んで小さな声で話した。


「ありがとう。お姉ちゃん……夕実のお星様見つけてくれて……」


「うん、気をつけて逝くんだよ」


「…………」


 夕実ちゃんは、私の前で消えてしまった……


 夕実ちゃんが逝ってからは、その後、姿を見かけることはなくなっていた。






 でも、私はまだ星の名前を探している。

 この病院を退院できなかった私の名前だ。


喜美枝(きみえ)』という私の名前を……








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