人の形をした災害
その声は深夜勤務に従事した翌日、とある私立高校の教室から上がった。
「………終わった…」
チャイムと共に回収されていく数学の期末テストを見送った風辺将義は机の上で力尽きる。今日で期末テスト最終日。本来なら喝采をあげたいが自分の胸に去来するのは今日のテストの結果だ。
“絶対、赤点だな”
“はぁ…”とため息を吐きながら体を起こす。とにかく襲い来る眠気に打ち勝ちながら空欄を埋めたが残念なことに途中から記憶がない。どんな状態でも結果を出せないのは日頃の努力が足りないからだと親には言われて来たが、これはない。
“テスト前でも容赦なく仕事とかあり得ないだろう…普通”
普通のアルバイトならテスト1週間前からバイトを休むこともあるぐらいだ。周りの同級生がそう言うのだからそうなのだろう。
「風辺、浮かない顔してんじゃん」
「ああ……まぁな…」
一人この世の終わりのような表情を晒す将義に気づいたクラスメイトが声をかけてくるのに曖昧に言葉を濁す。
まさか、まかり間違っても昨夜、神域で“肝試し“してた馬鹿な若者達が神の怒りに触れたおかげで怒り狂う神から若者達を救うために行ってたんだとは言えない。人に理解出来ない事実は時に虚言と見なされる。少しの間、現実逃避した将義は苦笑しながら口を開く。
「昨日、色々あってな」
辛うじてそう返すと相手が“ふぅん”と呟く。
「よく分かんないけど、お疲れ」
「ああ」
それだけ言って別の同級生の所に行く相手を見送り、“はぁ”とため息を吐く。昨夜は結局、あれから深夜3時ぐらいまで事の処理に辺り、結局寮に帰って来れたのは午前4時。一体、どこのブラック企業の戦士だと言いたい。ベッドに倒れ込むように横たわり、短い仮眠時間を貪った。そんな最悪のコンディションで期末テストとかどんな嫌がらせだと思う。眠たいという気持ちだけに支配されて受けたテストの結果には期待もしない。その事に嘆息すると将義はノロノロと体を動かす。とにかく、結果はどうあれこれでテストは終わりだ。早く、寮に帰って仕事の時間まで眠りを貪りたい。そんな思いに突き動かされた将義は鞄の中に適当に筆記用具を突っ込むとクラスメイトに声をかけて教室を出る。
「お疲れ」
そう声をかけると同級生の何人かが手を上げてくる。
「お疲れ~」
その声に将義も手を上げて、クラスを後にする。
だが…
「将義」
教室を出た所で呼び止められ、将義は振り返る。
「康仁」
自分呼び止めた相手を振り返るとそこにいるのは同僚の宮平康仁だ。自分よりも十センチほど背が高く、薄い茶色の髪色に瞳。いつも優しい表情を崩さない相手に同じクラスの女子達がきゃあきゃあと騒いでいるのをよく聞く。その事に平凡顔の将義はいたくイケメンっていいなと内心では思っているが相手は知らないだろう。だが、仕事場と住んでる場所は一緒だが、学年とクラスも違う相手がわざわざ自分の教室に来る理由が分からない。
「何か用か?」
寝不足も相まって不機嫌に問いかけると相手がニヤリと笑う。
「テスト、どうだった?」
その質問に将義の不機嫌の針が振り切れる。
「聞くな」
そう吐き捨てると相手が全てを悟った表情で肩を叩いてくる。
「御愁傷様」
「今はその労いが辛い!」
康仁の慰めに将義は顔を覆う。仕方がないと諦めていた気持ちが康仁の心ない言葉に噴き出す。まさに血の涙が流れそうな勢いで捲し立てる。
「お前に分かるか!高校一年生の期末テストがまさかの補修コースに入りそうな、俺の気持ち!」
「あ~」
「今日まで仕事の合間の短い時間を生かしてテスト勉強に励んだのに昨日の深夜番で全ての努力を打ち砕かれた俺の気持ちが‼」
「お疲れ」
「さして勉強してないあいつの方がこんな状況でも飄々といい点をとった上、赤点を逃れられない俺をみてさも不思議そうに“お前、馬鹿?”って聞いてくるだろう姿が幻で見える俺の気持ちが‼」
「あー、無駄にあいつ優秀だからな」
康仁は自分相手に色んな不満を爆発させる将義に苦笑する。ちなみに将義の相方は色々と規格外の少年なのだ。
「平均、平凡の何が悪い‼」
「別に悪くはないから気にすんな」
今も拳を握って絶叫する将義の愚痴を聞き流しながら、相槌を打つと康仁は自分が来た理由を未だにぶつぶつ呟く相手に告げることにする。
「で、テストにうちひしがれてる所悪いんだけど、向こうもテストが終わったみたいだから回収して帰るぞ」
「ん?」
“くそっ!”とテストの出来に唸っていた将義はその言葉に目を瞬く。
「中学組の方も終わったのか?」
不思議そうにそう返すと肩を竦めた康仁がポケットに入れていたスマホを取り出して振る。
「らしいぞ。うちの相方から連絡入ってたからお前を迎えに来たんだしな」
その言葉と仕草に将義はげんなりとした表情でため息を吐く。どうやら自分の相方は相も変わらず他人の相方に迷惑をかけているらしい。
「いつも悪いな…」
優秀な癖にどこか人間としての常識が欠けている相方は本当に世間知らずだ。とにかく人としての常識に疎い。自分の部屋の中は散らかしっぱなしだし、脱いだ物を畳もうともしない。最初は電車に乗ることすら知らなかったし、学校では同じクラスの康仁の相方がそれとなく世話を焼いてくれるので人間として生きているが一人だったら確実に村八分な上にいじめられるだろう。人様より姿形は麗しい癖に中身はそこらの小学生より世間知らずだ。知らず知らずのうちに将義がため息を吐くのに康仁はポンポンと肩を叩く。
「ま、みんな。あいつの人間として欠けた部分があるのは知ってるから大丈夫だよ。倖も世話好きだから気にすんな」
「本当に申し訳ない…」
康仁の言葉に将義は謝罪を口にする。今朝、校門前で別れた相方の眠気と不機嫌な様子から面倒を見るのが大変なことぐらい分かる。そんな将義の苦虫を噛み潰したような表情に肩を竦めた康仁はポンポンと再度肩を叩く。
「ま、お互い様。とりあえず、行こうぜー」
「…ああ」
康仁が促すと同時に将義も肩を落としたままノロノロと歩きだした。
「あ、きたきた!」
校門に向かった自分達を明るい声が迎える。その声に視線を向けた将義はふぅと嘆息する。2つの影が高校の校門前にいるのが分かる。それに足を早めた将義は目の前の一人に声をかける。
「倖人、お疲れだったな」
「ううん、気にしないで!」
倖人と名を呼ばれた少年は将義の労いにもニコニコと笑顔を崩さない。柔らかい茶色の髪と瞳を持つ少年の名は水鑑倖人。いつも明るい人好きしそうな笑顔を崩さない少年とはそ裏腹な表情で佇む人間がもう一人。
「やけに不機嫌だな、円佳」
そう声をかけると目を閉じて腕を組んで俯いていた少年が顔をあげる。日の光の下で見ると更に際立つ漆黒の髪と黒曜石のような瞳が自分を射抜く。その意思の強い瞳が外見の儚さとは裏腹な少年の性格を如実に現す。
そう…
彼こそがこのよに生きる誰よりも自然の力を操ることに長けた人の形をした災害。
高砂円佳だった
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです