始まりの宴
ゴウゴウと地上より遥か上空を吹く風が学ランに似た制服を着た自分の体を叩いていく。そんな中、現場に向かって空を駆けていた少年は眼下に見えるネオンと街灯に目を瞬く。
“今日はずいぶん荒れてるな”
思わず、そう思ってしまうのはいくら人ならざる力を持っていたとしても自分と本当に人ならざる存在との間に存在する力の壁を認識しているからかもしれない。
“やっかいだな”
体を叩く風が明らかな意思を持っていることに風辺将義は渋面を作る。月明かりに照らされて現れた姿は年の頃、16、7歳の少年。日本人なら誰でも当たり前に持っている黒髪、黒目に中肉中背の何ら目立つような容姿をしていない少年はただいま仕事中だった。今日の仕事は終わったと息を吐いたのが三時間前。用意されていた夜食で相方や同僚達と腹を満たし、風呂に入って、明日の期末テストのための勉強をして布団に入ったのが30分前。夢の世界に飛び立とうとした所を職員達に叩き起こされたのだ。いきなり布団から放りだされ、“仕事だ”と宣った御年30歳近い男性の言葉を真剣に聞く間もなく“とりあえず、いけ”と寮から放りだされたのだ。
「…………………………」
その事をようやく目が覚めてきた頭で考えた将義は深いため息を吐く。
ー神と人ー
遠い昔、人ならざるもの達が“神”と呼ばれるようになるよりも遥か昔。人ならざる力を持つもの達と人は共存していた。人ならざるもの達の力によって豊かな生活を覚えた人間達は愚かにもその力を欲するようになる。その事に今までは愛しい子よと人を慈しんでいた神々は人間の欲ぶかさに戦いた。与えられた恩恵だけでは飽きたらず、自分達の力すら欲する存在に恐怖を抱いた。
ーそして人ならざるもの達は人との共存をやめ、違う世界へと旅立ったー
それが自分達の知る国譲り神話だ。人ならざるもの達の中には人と子を成すもの達もおり、その力が現代まで脈々と受け継がれている。
「そうでもなければこんな現代で空を生身の体で駆け抜けるなんて許されないよな…」
人ならざるもの達の力を受け継ぐ自分は今、何を隠そう。東京タワーよりもスカイツリーよりも更に高い場所を走っているのだから。その事に将義はげんなりとため息を吐く。そもそもまだ一高校生である自分達を使う所にまで追い詰められている国に哀れみすら感じる。
「だからといって、期末テスト最終日の俺達を働かせるのを許した訳じゃないけどな」
ひたすら先を走る相方の背を追いながらも将義はただため息を吐く。普通の高校生でしかない自分達を使う所まで国が追い詰められたのはとある“魂依姫”がおろした託宣に他ならない。普通の人々には知らされていないし、自分もその血を受け継ぎならなければそんな事を知らずに生きていただろう。
当時、最高齢の“魂依姫 ”がうけたのはこの地を納める神の怒り
ー神の怒りを鎮めよ。
さもなくば近きうちにその地は海に沈むだろうー
その託宣から数年後…
日本は未曾有の災害に襲われるようになった。その託宣を戯れ言として真剣に捉えていなかった国のお偉方は慌てふためき、対策に乗り出す。だが、“神の怒り”を調べるもそれを鎮める方法は分からない。何より“未曾有”の災害に度々襲われていけば普通の人々も騒ぎ出す。
ーそこで目をつけられたのが古来から人ならざるもの達の力を受け継ぎ、脈々とその力を守っていた存在ー
それが自分達だ…
「はぁっ…」
そこまで考えてため息を追加する。
「だからといって、次男を差しだせってどこの時代の人質だ」
流石に直系の嫡男を差しだせと言われたら渋っただろうが力を持つスペアをと言われた家々は国に恩を売るために嬉々として息子を差し出した。
ちなみに…
うちは権力争いに興味はありませんとお断りしたらしいが古来から続く“風辺家”が参加しないのはと圧力をかけられたのだ。
“本当についてない…”
この時代に生まれたことも明 日は朝から夏休み前の期末テストだと言うのに本日の深夜番に当たっていたことも。力を持つ以外は普通の子供となんら変わらない自分達は当たり前のように深夜業務を課せられているのだ。国の機関の癖に18歳未満には22時以降の深夜業務をさせてはいけない事を上の人間は知らないのだろうか。これで愚痴が出ない訳はない。空をまるで地面を走るように駆け抜けながら将義は憤慨する。その間にも眼下を流れてゆく景色は刻一刻と変わっていく。今や、宝石箱のような光景は遥か後方だ。最初は都会を埋め尽くす宝石のような光に憧れたが今はそんな光を疎ましく思う。
“あれが綺麗だなって思ったのは最初だけだったな“
そんな眼下の光景を冷めた目で眺めつつも目的地の黒い物体と化した山が近づいてくるのにため息を吐く。どんなに綺麗な光景も半年も経てば景色に変わるらしい。だが、そんな事よりも将義には今、一番気になることがあった。
それは先を走る一つ下の相方のこと。その麗しき容姿と裏腹な性格にこの数ヶ月どれだけ胃を痛めたことだろう。
「どうか穏便に済みますように……後、一分、一秒でも早く帰って眠りたい」
どの神が自分の願いを叶えてくれるかは分からないがそう呟いて将義は遠い目をする。こんな人ならざる力を持っていても社会的には高校生になったばかりの自分の偽らざる本音。そしてそれは自分と同じように寝入り始めた途端に起こされた相方も同じだろう。
「とにかくあいつが眠いとぶち切れる前には帰りたい…」
低血圧で寝起きが凄まじく悪い相方が上から出動を言い渡された時のあの冷え冷えとした顔が脳裏に浮かぶ。それを思いだし、将義はブルリと体を震わせる。自分だって“早く帰って眠りたい“とは思うが現状がそれを許してくれないのだ。決して自分が悪い訳ではない。責められるべきは神域を犯した地元の若者だ。
“どうか穏便に済みますように”
再度、名もしらぬ神に祈りを将義は捧げる。相方の機嫌によって事が大きくなるか小さくなるかは決まる。年は自分より一つ下の15歳だが、その姿は神が作った人間と呼べるほど美しい。夜闇に包まれた今の時間で分からないか陶器のようなきめ細かい白い肌、黒曜石のような瞳に赤い唇。見るものが2度見するほど美しい顔立ちをしている自分の相方はその見た目に反して性格は苛烈だ。
ー雷神ー
その名の通り、相方が先祖代々受け継いできた力を考えたらおかしくはないが神話ではその神は非常に思慮深い神として名を馳せていた。むしろ自分のご先祖様の方が荒ぶる魂だったのに。今ではその性格が正反対だと知ったら神々はなんというだろう。
ー笑うのか……それともー
そんな物思いに耽っていた将義の耳にノイズ混じりの声が届く。
“………から……へ、そこから南へ5分ほどにある場所にて突然の豪雨発生!人的災害と思われる”
その声に将義は絶望的な気持ちを味わう。穏便に済んで欲しいという淡い願いを絶ちきられ、“はぁ~”とため息が漏れる。
「将義、聞こえた?」
その声が聞こえたのか前から自分の名を呼ぶ声が届く。相方が自分を呼ぶ声に導かれるように顔を上げればその前を走る背中が見える。自分より小柄な影が前を向いたままなのが分かる。
「ああ。聞こえた」
振り返ることなく投げられる声にそう応えると相手がようやく楽しげに振り返る。その壮絶に麗しい笑みに気が遠くなる。
「どうせだから先手必勝で雷叩き込む?」
「……………………」
そんな語尾にハートがつきそうな勢いで聞かれる言葉に何も言えず遠い目をした将義はその言葉に確信する。
ーきっと穏便になど帰れはしないだろうー
相方と出会って半年……されど半年。将義がその発言に目眩を覚えた時。
“バンッ”
何かが弾け飛ぶ音と閃光が辺りを支配する。
ーそしてー
“ギャアアアア!”
少し間を置いて常人には決して聞こえることがない神の怒りの咆哮が辺りの空気を震わせる。山の中腹から空へと上がる一筋の光の柱に渋面を作る。
「将義」
「行くぞ」
言葉少なく交わすとその光の柱へ向かって速度を上げた。
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