人は見た目が全て ─1─
夢うつつのままアタシは、とりあえず勘太郎の釣り日記を見た。内容なんて全く頭に入ってこなかったけれど。
「ただいま〜」
家に着いたのはまだ太陽がキラキラと降り注ぐ午後3時過ぎ。
「おかえり。楽しかった?」
薄紫色のシンプルな着物姿で、ママが出迎えてくれる。
「あれ? どっか行くん?」
「そんなわけじゃないんだけど……昨日の麗美の振り袖姿を見て、私も久しぶりに着てみたくなったの」
はにかみながらそう言うママ。40歳を過ぎているとは到底思えないくらい綺麗だけど。
「ママめっちゃ綺麗……」
アタシは本心からそう言った。なのに、
「やめて。さっき回覧板持ってお隣に行ったらお留守で。その隣もお留守だったから、三井さんとこに持って行ったの」
三井さんって……あの毒を吐くオバサンか。
「そしたらね、“綺麗な着物やね。麗美ちゃんは誰に似てあんなに綺麗なんやろなぁ”って言われたわ。お父さんに似たに決まってるじゃない、ねぇ?」
───あんのクソババァ。
チッと舌打ちをし、険しい顔をするアタシに、
「何恐い顔してるの?」
とママは不思議そうに聞いてくる。
「だって……ムカつくやん。ママの事バカにしてるみたいで」
「仕方ないわよ。私は確かに麗美みたいに綺麗じゃないし。でも私に似なくて良かったわ、ほんとに」
「な……」
喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。
ここは美意識の狂った世界。すなわちここではママは、ブサイクと言う事になるのだ。
アタシは綺麗でママはブサイク。そんな世界にアタシは迷い込んだんだ。
ちょっと疲れたから寝とくわ、とアタシはそそくさと部屋に入った。
ゴロリとベッドに横になって天井を眺めていると、改めてさっきの出来事が鮮明に思い出される。
「アタシ……ナンパされたんや」
生まれて初めて異性に声をかけられた。それも、何かを売りつけられたのでもなく、お金をせびられたのでもなく。
最初は戸惑いの方が大きかったが、嬉しい気持ちがジワリジワリと滲み出てきた。
ブサイクが故に、辛い事ばかりだった5年間。無能でも顔が綺麗だというだけで、全てが許される法則が出来上がっていた会社。
ならば仕事で人一倍努力して、せめて性格では誰にも負けないようにと精一杯の事をしてきたアタシに、何の評価もしてくれなかった上司。
他にも沢山、色んな事があったけれど。もうそんな思いはしなくて済むんだ。