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美意識過剰  作者: 桜木 葉
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アタシが……美人!? ─3─

 



 翌朝、というか翌昼。


 ママに起こされ、アタシは昨夜そのまま眠ってしまった事に気付いた。


「いくら会社が休みだからって、寝過ぎると夜眠れなくなるわよ」


 穏やかにそう言うママの顔は相変わらず綺麗で。


「夢かぁ……」


 良かったような残念なような。


「着替えて顔洗ってらっしゃい。お昼にするわよ」


「はぁ……い」


 欠伸をかみ殺し、寒さに堪えて着ていた部屋着を一気に脱ぎ捨てた。



 洗面所に入り、鏡に写る自分の顔を見る。


 腫れぼったい一重の目。

 ボテッとして丸い鼻

 タラコを2つ乗っけたような唇。


 いつもと変わらない自分の顔がそこにあった。


「これが美人やったらビビるっちゅーねん」


 苦笑してアタシは、冷たい水を勢いよく顔にぶつけた。





「今日はどこにも出掛けないの?」


 京風の上品な出し汁で作ったおうどんをすするアタシに、ママが聞いた。


「う〜ん……見たかった映画が今日までやからなぁ」


 どうしようか迷っているアタシに、


「あ! もしかして“愛と永遠”かしら!? それだったら私も行く!」


 少女のように瞳をキラキラさせるママは、本当に可愛い。


「何それ? アタシが見たいのは“勘太郎の釣り日記”やけど……ママも一緒に行こか?」


「……そ、そう。あ、そういえば私、用事があったんだわ。残念だけど麗美、一人で行ってらっしゃい」


 引きつった頬をピクピクさせながら、ママが笑顔で言った。





 ただでさえお尻が痛くなる映画館の座席。被害を最小限に抑えようと、アタシはゆるーいゴムのジャージ姿で出陣した。幸い電車やバスを使わなくても、駅前に映画館はある。


 平日の今日、有休をとっていたアタシは、煩いガキンチョが来ない内にと、昼食をとってすぐに出掛けてきた。


 後、数メートルで勘太郎に逢える! と鼻歌混じりに歩を進めていると────



「あら、麗美ちゃん?」



 昨日の朝、振り袖のみを誉めてくれた三軒隣のオバチャンにまたも遭遇。


 タイキックをぶち込みたい気持ちを笑顔で隠し、『どんだけ暇人やねん』と心の中で毒を吐く。


「あ、オバチャン。こんにちは」


 よりにもよってこんな格好の時に会いたくなかった。また何を言われるやら。


「ジャージ姿も美人だと様になるねぇ! 今日はお勤めは? お休み?」


「……はい」


 嫌みたっぷりの返しに、上がっていたテンションが一気にダウンした。


 そんなアタシの気持ちなんて無視して、オバチャンは穴が開きそうなくらいにマジマジと顔を覗き込んでくる。


「ほんま……綺麗やなぁ。麗美ちゃんスッピンやろ?」


「……はい」


 ハァ〜とわざとらしい溜め息をつくオバチャン。


「芸能人にでもなればええのに。息子のお嫁さんにきてほしいわ」



 何やら様子がおかしい。あまり嫌みに聞こえない。


「オバチャン、アタシ……」


「ああ、ごめんごめん。せやな。麗美ちゃんみたいな美人やったら、もうええ人いてるわなぁそら。気にせんとって! ほな」


 そう言うとオバチャンは、片手をあげて嵐のように去って行った。



 一体どういう事なのか。昨日の出来事は夢だった筈なのに。道端で考え込んでいたアタシの前に、突如見知らぬ顔が迫ってきた。


「うわっ!」


 驚いて仰け反ると、相手も負けじと更に迫ってくる。


「な……何!?」


 まだ10代と思しき若い男性。ゆるいパーマのかかった髪から覗く瞳は睫が長く、女の子のように可愛らしい。


「ヒマですか?」


「え?」


「良かったらどこかでお茶でもどうですか?」


「は……はい!?」


 どうしてアタシが……あ、そうか。


「アタシお金持ってません。だから壺とか買えないしジュエリーだって買えないってゆうか似合わないし若返りの水だっていらないし水道水で十分だしそれから……えっと」


 変な物を売りつけられたら堪らない、と機関銃の如く喚き立てるアタシ。


「ちょっ……待って! ストップ!」


 男性は両の掌をアタシの前でしきりに振ると、焦ったようにこう言った。


「なんか勘違いしてへん? 俺、ただ単にお姉さんとお茶したかっただけ……ってゆうか要するにナンパやねんけど」


 頬を赤らめて言う男性の言葉に、アタシの脳はフリーズする。


「ナンパ……?」


 ナンパって何だっけ? 確かミナミにある……それは難波か。じゃあ軟弱パーティーの略?


 ああ…わからない。ここは素直に、


「ナンパって何?」





「えっと……だから……」


 今度は相手がフリーズする。


「一緒にお茶して……あわよくば……なんて下心もあったりで」


 困った表情がなんとも可愛らしい。な〜んて思ってる場合じゃない。



「まさか……ナンパ!?」



 アタシは心底驚いて聞いた。



「だからそうだって言って…」


「ななななんでアタシ!?」



 自慢じゃないが、生まれてこのかたナンパなどされた事がない。



「だって超美人だし」



 サラリと言ってのける男性の言葉に、昨夜から欠けっぱなしだったパズルのピースがピタリとはまった。



 意志とは関係なく、勝手にアタシの足はフラフラと映画館の方へ。


「ちょっ……待っ……」


 男性が何かを言ってるような気はしたが、耳には入っても頭の中までは入ってこなかった。


 映画館のガラス扉の前まで来ると、ブラウンがかったそれに映る自分の姿を見る。


 そこにボンヤリ映るアタシの姿は───やはりいつも見る冴えない顔とスタイル。でも……


 アタシは何となく、いや、確信に近い思いを抱いていた。何がどうしてそうなったんだかはわからない。でもあの時、あの階段から落ちた筈のあの時。


 アタシは異世界に……美意識が180度逆転したこの世界にやって来た。


 今までの暗い人生とはおさらばだ。だってアタシは─────綺麗なんだもの!







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