アタシが……美人!? ─1─
「そんなに見んとってや、恥ずかしいやん」
言われてハッと気付く。食い入るように彼の顔を見ていた事に。
「自分このへん地元なん?」
「あ……はい」
まだ状況を理解出来ていないアタシ。
「敬語なんか使わんでいいって。成人式やってんやろ?俺も今日成人式やってん」
そういわれてみれば。スーツ姿には似つかわしくない派手な髪型。どこのホストやねん!と突っ込みたくなるような出で立ちだ。
峰岸がどういうつもりで自分に声をかけてきたのか。その真意は測れないが、おそらくはアタシの事なんて覚えてはいないのだろう。
そそくさと逃げようか───とも思ったが、この姿では…… しかも彼の手には見られたくもないガラクタ入りの紙袋。
「あ、あのぉ……」
「俺さぁ、最近こっちに引っ越してきてん。だから式は地元の東町の方で出席しててん」
聞いてもいないのにペラペラと喋る峰岸。
「でも良かったわぁ引っ越して。自分みたいな美人と巡り会えたんやもんな〜」
……ん?
「美人って……誰の事?」
目を見開いて聞くアタシに、
「自分やん。決まってるやろ」
当たり前とでも言いたげな表情で、峰岸はサラリと言った。
玄関を開けると同時に、オトンがすっ飛んでくる。
「おかえり! 大丈夫やったか? 変な男に絡まれたりせぇへんかったか!?」
あまりの形相に、アタシはかなり腰が引ける。
「なんなん!?」
今までもオトンは、それなりに心配してくれてはいた。だけどそれは、強盗やひったくりに特化した心配で。
『お前は俺に似てブサイクやから襲われる心配なくてええわな』
事ある毎にそう言われ続けていた。
「もうオトン心配で心配で……お前みたいなベッピンが振り袖姿で着飾ってたら、襲って下さいゆうてるようなもんやからな」
「からかってんのか?」
アタシは草履を脱ぎ捨てると、オトンを睨みつけた。
「お父さんね、ずっと心配してたのよ。家の中ウロウロ歩き回っちゃって。麗美はいつ帰ってくるんや? 迎えに行ったら麗美怒るかな……ってしつこいのなんの」
奥からオカン、と言うには美し過ぎるので、ママ、と呼んでいる母……即ちアタシの母親が、エプロンで手を拭きつつ出てきて言った。
「んなもん当たり前やんけ! 麗美は名前に劣らずメチャクチャ美しい子なんやで? 心配もするっちゅーねん!」
「はいはい。──麗美、いつまでもそんな格好でいてたら苦しいでしょ。あっちで着替えましょ、手伝ってあげる」
オトンを軽くあしらい、ママはアタシを和室に促した。
慣れた手つきで着物を解いていくママは、京都生まれの東京育ち。
生粋の大阪人のアタシからすれば、ママの標準語はちょっと気持ち悪かったりするんだけど……似合ってるから良しとしよう。
着付けもお手のもので、自身も普段から着物を好んで着たりする。もちろん、この振り袖もママに着せてもらった。
「ママ……オトンなんかおかしない?」
「ん? 別に普段と同じだと思うけど?──さ、これでいいわ。そこに洋服置いてあるから着なさい」
締め付けていたものがなくなり、開放感でいっぱいの身体をグンと伸ばし、言われるがままに洋服を身につける。
ちょっと頭を整理しないと、今日の出来事は到底理解しがたい。
襖に手をかけ自室に籠もろうとしたアタシを、ママが呼び止めた。
「麗美、お父さんの心配は行き過ぎだと思うけど……本当に気をつけてね? あなたの事はご近所でも噂なのよ」
ああ……どうせ、『可哀想な雌豚ちゃん♪︎』とか言って笑いものにされてるんだろう。
何も言わずに立ち続けているアタシに、ママは更に追い討ちをかける。
「自分で言うのも何だけど、ママの顔って酷いでしょ?」
酷いって……何だ?
いまでもママは十分綺麗だし、それがアタシには自慢でも苦痛でもあった。
『お母さんに似れば良かったのにね』
近所のオバチャンは、遠慮せずにそう言う。
「麗美が父さんに似てくれて、本当に良かったと思ってるの」
……え〜と。理解に苦しむのですが。
「だから父さんは心配で仕方ないのよ。あなたにもしもの事があったらって。だからくれぐれも気をつけてね? 自分が綺麗だって事をもっと自覚してちょうだい」
自覚も何も、ブサイクなんですけど。何が何やらわからないアタシの肩をポンと叩き、ママは先に部屋から出て行った。
「もぉ…わけわからん!」