初恋の君 ─8─
「うーん……お腹は別に空いてない、かな?」
決して無理してるわけではなく、正直な言葉だった。時間的には夕飯をとっても全くおかしくはない。でも今のアタシは眠気はおろか、胸がいっぱいで食欲さえもわいてこないのだ。
───もう限界や。
こんなにも緊張に緊張を重ねた事なんてない。海原との食事だって、2時間程のものだったのだから。
早くお家に帰って心身共に落ち着きたい。そう思うのも致し方ない事だろう。
「今日は朝から遊んで疲れたし、そろそろお家に帰れへん? もしかしたらママ、晩御飯の用意してくれてるかもしれんし」
なるべく気を悪くさせないように、言葉を選んで慎重に話す。
しかし峰岸は、そんなアタシの思考をストップさせるような、とんでもない言葉を投げかけてきた。
人混みの中から帰ったら必ず手を洗う。うがいも然り。そんな自分の中のルールを、今日は破ってしまった。
いつものように玄関の扉を開けるなり飛び出してきたオトンの声も無視して、二階に上がる。しつこく声を掛けてきたけれど、応えている余裕なんてなかった。
ベッドに潜り込み、スッポリと頭から布団を被る。しばらくそうしていたが、息苦しさに口から上だけを出すと、火照った顔に冷たい空気がひんやりと気持ち良い。
ベッドの脇のサイドテーブルには、電車の中で優しい男の子がくれた、いちごみるくの飴が二つ並んでいる。
それを見て、さっきまでの出来事は嘘なんじゃないかと、そう信じたかったが、現実なんだ……と思い知らされた。
『じゃあさ、ちょっと休憩しよか?』
休憩という言葉に、喫茶店でお茶でもするのかと思った。でも妙に色っぽい瞳で見つめる峰岸に、小首を傾げていると……
『そんな純情ぶらんでも。男と女の休憩ってゆうたらアレしかないやん。わかってるやろ?』
ピッタリと真横につき、腰に手をかけグイッと引き寄せる峰岸。最後の問いかけは、耳元で囁かれた。
いくら免疫がないとはいえ、アタシだって20年間生きてきた。峰岸の言っている意味も、ようやく理解したのだが……
『……っ! あ、アタシら付き合ってもないやんか!』
処女のアタシには、キツすぎる冗談だった。




