初恋の君 ─3─
空いている車内から眺める景色は、いつもと違って見えた。見慣れている筈の風景なのに、まるで初めて見るような。
色とりどりの屋根の一軒一軒にそれぞれの家庭があって生活してるんだと思うと、何だか不思議な気分だ。
───と。一人物思いに耽っていると、膝に微かな感触。視線を下げるとそこには、可愛らしい小さな手が。
「おねぇちゃん、アメちゃんあげる」
母親と座っていた男の子が、クリクリとした大きな瞳でジッとアタシを見つめていた。
「……いいの? ボクの分が減っちゃうよ?」
「いいの!まだあるからあげる」
腕を前に伸ばし、握りしめていた手のひらの開くと、アタシの大好きないちごみるくの飴が出てくる。
「わぁ♪ この飴、お姉ちゃん大好きやねん! ありがとう!」
ニッコリと笑って飴を受け取ろうとすると、
「え? 貰うん!?」
峰岸の心底驚いたような声が響いた。
「いや、せっかくくれるってゆうてるから……」
別に食べたかった訳ではないが、男の子の気持ちを無碍にはしたくなかっのだ。峰岸が再び口を開こうとした時───
「お兄ちゃんにもあげ……」
ポケットを弄りながら、男の子の言葉が詰まった。
「どうしたん?」
「ん〜、お兄ちゃんにもアメちゃんあげようと思ってんけど……あと一個しかなかった……」
最後の一個まで峰岸にあげてしまっては、自分の分がなくなる。それで男の子は困っているのだろうと悟った。
「じゃあお姉ちゃんの分ボクに返す……」
「いいや、お兄ちゃん、はい!」
満面の笑みを浮かべ、峰岸に飴を差し出す。
「いや、俺はいらん……」
言い終わらない内に男の子は母親のもとへと走って戻って行った。峰岸の膝には、いちごみるく飴がちょこんと乗せられていた。アタシの手のひらにも。
なんて優しい子だろう。まだ5年やそこらしか経っていないだろうに、人の為に自分を犠牲にするなんて。いや、犠牲なんて言葉は男の子の頭には全くなかっただろうが。
アタシは飴をそっと握りしめた。
「いらんっちゅーてんのに……」
ボソリと呟きポケットに飴をしまう峰岸も、男の子を心配しているのだろう。
乗り換えの駅に到着し、まだ座ったまま降りる様子のない男の子に手を振り、アタシ達は電車を降りた。
お昼に近付いてきたせいか、乗り換えた車両には結構な人が乗っている。朝のラッシュほどではないにしろ座る事は不可能で、アタシ達は閉まったドアにもたれかかった。
すぐ側に人が立っている状態で話すのもはばかられ、目的の駅までは終始無言で景色を見てた。
ドアが開きホームに降り立つと、何となく息苦しかった空気が澄み渡って呼吸が楽になる。
「さぁ、行こか! 俺、ユニバ久しぶりや。麗美ちゃんは?」
「アタシは……初めて」
テーマパーク的な場所に行ったのは、高校生の時に友達と行ったエキスポランドだけ。そこも今は、大型商業施設へと様変わりしてしまったけど。
社会人になって、またも容姿を馬鹿にされたアタシは卑屈になって、あんまり友人とも逢わなくなった。
そんなアタシだったから、久しぶりのお出かけらしいお出かけは心が弾んだ。
「そうなんや? ほんなら初ユニバやねんな。初めてが俺となんて、なんか感動するわ」
改札の手前で、ポケットに手を入れながら岸が振り向き言う。───と。
切符を取り出した拍子に、ポロリと何かが落ちた。それに気付かず、峰岸はさっさと改札を抜ける。




