初恋の君 ─2─
約束の10時には5分早い9時55分に到着したが、峰岸はもうその場所に立っていた。一気に跳ね上がる心臓。
「……………おはよ」
長い間をあけ、挨拶が返ってくる。その間、峰岸の視線はアタシの爪先から頭のてっぺんを何度も往復していた。
「おはよう、ごっごめんね、待たせ……」
「可愛い」
「えっ?」
「可愛い! 麗美ちゃんメチャクチャ可愛い♪」
はしゃぐように言う彼は、先日のホストのようなスーツ姿とは打って変わってグッとカジュアルな格好をしていた。
胸元に揺れるクロスのペンダントに太陽の光が反射して、キラキラと輝いている。
「振り袖姿も良かったけど、私服は別格やな。可愛すぎておかしなりそうやわ」
なんだか不思議だった。あんなにも酷い言葉で振られた相手にベタ褒めされてるなんて。
峰岸は昔も今もカッコイイ。そんな彼が、アタシを可愛いと言う。
「ほんなら行こか?」
慣れた様にアタシの肩を抱き、駅の構内に向かおうとする峰岸。
ずっとモテ続けていた彼には何て事のない、特に意識するような行為ではないのかもしれないが、アタシの心臓はドキドキを通り越して破裂しそうだ。
ん? でも、この世界では、峰岸もブサイクなのか……?
そんな事を考えていたら、峰岸が切符を購入しようと路線図を見ている事に気付いた。
「え……ちょっと待って。電車乗るん?」
強引に抱えられていた肩からくぐり抜けるようにして腕を外し、疑問をぶつける。
ん? と不思議顔でアタシの顔を覗き込む峰岸。身長差が10cm以上ある為、膝を曲げて上半身を傾けるようにして顔を見られると、それだけでまた心臓が……
「絶対早死にするな……」
「え? 何?」
「あ……ううん、何でもない」
心の声がだだ漏れだった。やたらと独り言をいう癖も治さないと。
「えーっと……なんで銀行行くのに電車乗るんかなーって思って」
峰岸との距離に耐えきれなくなったアタシは、一歩後ずさりながら聞く。
「銀行? 行くん? ───今日は俺が全部奢るから大丈夫やで?」
話が噛み合わない。
平日なら出社する人で溢れかえっている車内も、今日は空いていた。
並んで座ったアタシ達の車両には、化粧の濃いオバサンと、赤ちゃんを抱っこしている若い母親、その隣に5歳くらいの男の子が座っているだけ。
「いつまで笑ってるん…」
苦虫を食べた事はないけれど、苦虫を噛み潰したような顔をしていたであろうアタシ。
「ご……ごめんごめん……だって……」
まだ腹を抱えて笑いが止まらない様子の峰岸。
いくら乗客が少ないとはいえ、結構な声をたてて笑う彼に、アタシは気が気じゃなかった。
まぁ……原因はアタシにあるのだから、キツくは言えないんだけど……
しばらくその状態は続いたが、笑いすぎで咳き込みながらもなんとか落ち着きを取り戻した様子。
「あ〜……しかし傑作やな! まさかUFJと勘違いしてるとは思わんかったわ」
「もぅ……ゆわんといて……」
「もうUSJってゆわんとく。ユニバってゆうわ」
そう、アタシは、USJとUFJを間違えていたのだ。どうして銀行にわざわざ一緒に行かなければならないのだろうか……と。




