初恋の君 ─1─
いくら強引過ぎた誘いだったとはいえ、休みの日に異性と出かけるなんて初めての事。しかも相手は初恋の君。
海原との食事でいくらか免疫は出来ていたかもしれないが、それでも緊張しまくっていたアタシはろくに眠れずに朝を迎えた。
約束の時間は10時。駅まではゆっくり歩いても15分もあれば着く。
先日買ったキャミソールにレザージャケット、フリフリのミニスカートに身を包み、四ノ宮に教えてもらったナチュラル風メイクも施した。それでもまだ9時前。
自室の全身を映す鏡の前で、アタシはある事に気付いた。完璧なメイクに完璧なファッション。それに一つだけ足りないもの。
「はよせな間に合わん!」
アタシは駆け足で階段を降りて行った。長〜いブーツに苦労して脚を通していると、
「麗美? どっか行くんか? ……な、なんやその格好!?」
オトンの大声を聞きつけ、ママも玄関に出てくる。
「あら〜可愛い♪」
両手を合わせて黄色い声をあげるママとは対照的に、
「そそそそんな短いカーテンみたいなスカートで……上着もそんなんやったら寒いやろ! 中もそんなん……ち……ち……乳見えそうやないか」
目を逸らせて言うオトン。
「いいじゃない、麗美だってまだ若いんだから。今までが地味過ぎたのよ、ね?」
理解のあるママで良かったと、改めて思う。
「……だ、誰と……」
「さ、行ってらっしゃい!」
オトンの言葉を遮り、ママがアタシの背中を押した。
「行ってきます」
「麗美ぃぃ〜」と喚いているオトンの声には耳を貸さず、アタシは玄関を飛び出した。いちいち付き合っていたら間に合わない!
大きなガラス扉の前で、ウロウロと中を覗き込む怪しい人物。高木 麗美(20) ってかそれアタシ。
と、一人突っ込みなどしてみても、時間ばかりが無駄に過ぎて行く。
アタシは深く息を吸い込み、大きく吐き出した。そして未知なる扉の向こう側へ───
「「いらっしゃいませ〜」」
一斉にこっちに向けられる視線と声。あまりの眩さに引き返したくなる足を、そこへ留める事でいっぱいいっぱいのアタシに。
「いらっしゃいませ。こちらは初めてですか?」
と、雑誌から抜け出てきたようなお洒落女子が近付く。
「はい、あの……せせセットをお願いしたいんですけど……」
「はい、かしこまりました。では、こちらに───」
「あのっ、すみません、急いでるんですけど……30分ぐらいで出来ます?」
「えーっと、どのような感じにしたいかにもよりますが」
「そんなに凝ったのはいいんです。なんかふわふわ〜っとしてピロピロ〜っとした感じで…」
「こんな感じでいかがでしょうか?」
そう言って鏡を後ろで広げて見せたのは、受付してくれたお洒落女子ではなく、ジーンズに長袖Tシャツを重ねて着た、ラフな格好をした男性。
セットして貰っている間にも、スタッフが「店長、これはどうしたら───」などと何度か声をかけられていた事を思うと、この店の店長なのだろう。
あまりにも抽象的なアタシの説明と時間のなさに、お洒落女子が助けを求めたのが店長だった。そして───
「可愛い……」
ぶっといコテで緩く巻き、逆毛をたて、たった一本のピンでトップの毛を捻って留めてあるそのスタイルは、まさしくアタシの望んでいたふわふわでピロピロだった。所要時間20分。まさしく神業だ。
成人式の時にヘアメイクしてもらった美容院は、商店街の中にある昔ながらの古いパーマ屋さんで、きっとこんな風には仕上げてもらえなかっただろう。
さすが、お洒落な外観や内装、お洒落なスタッフ達が揃った美容室は、ふわピロもお手の物だった。
レジで会計をしてる間に、側に立てかけてあった姿見に映る自分をチラリと見る。
完璧だった。
自分から見る自分の顔はともかくとして、洋服と髪型は、まるで雑誌から抜け出てきたようで。気分は最高だった。お洒落がこんなにも気分を高潮させてくれるものだったなんて!
美容室から駅までの短い道のり。俯きながら歩く今までのアタシはもういない。自信に満ち溢れたアタシは、顔をあげ、コツコツとブーツの踵を鳴らし、堂々と道の真ん中を歩いた。ら、後ろから来た車にクラクションを鳴らされた。
浮かれるのも程々にしておかないと、いくら命があっても足りない。
とは言っても、やはり浮き足立った歩調はなかなか地には着かなかった。




