素晴らしきこの世界 ─4─
ブサイクはどんなに着飾ってもブサイク。そんな風に叩き込まれていた観念が、サラサラと落ちる砂時計のように流れて行く。
「これ……買います」
値札なんて見なくても大丈夫。お金ならたっぷりある。今まで使う事もなかったんだ。これからは自分の為に。より美しく見える為に。貯金なんて使い果たしてやる。アタシにはそれが、許されてるんだ。
「ありがとうございました〜!」
全員で横一列に並び一斉にそう言われると、流石に迫力がある。それでも悪い気はしなかった。両手いっぱいの紙袋も、重さなんか気にならないくらいだ。
しめて10万円超えの買い物。一度にそんな大金を遣ったのも初めてだったが、アタシの心は晴れていた。
こんなにショッピングが楽しいものだったなんて!
疲れも吹き飛び、スキップしたい程に気持ちは踊っていたが、なんとか抑えて帰路につく。時間は既に20時を過ぎていた。
「ただいま〜」の声と同時に響き渡る足音。
「もう……ええっちゅーねん」
慣れてきたとは言え、ウザイ事には変わりない。
「お帰り! 遅かったなぁ? もぅオトン心配で心配で……ってなんやその荷物!?」
両手に下げていた紙袋をドンッと置くと、オトンは細い目をいっぱいに開いて言った。
「買い物してきてん。めっちゃお腹空いてるからご飯食べさして!」
いつものように、キッチンから出て来るママに聞こえるような大きめの声で言うと、
「買い物って……一人で?」
「そうや。なんもオトンが心配するような事ないから! はよご飯食べさして」
先手を打ってオトンのモジモジ攻撃を阻止する。
とりあえず荷物は玄関に置いといて、手を洗い部屋着に着替えダイニングに入ると、美味しそうな匂いと共に湯気をたててアタシを待ち構える夕飯が目に飛び込んだ。
「美味しそう♪ 麻婆豆腐めっちゃ好きや」
今日のメニューは、麻婆豆腐と青梗菜の炒めもの、肉団子のスープにホカホカご飯。グーグー鳴るお腹を鎮める為、それらを豪快に胃に流し込む。
とてもじゃないが、海原に見せれるような姿ではない。
その姿を、目尻を下げてニコニコと見ている人物がいたが、食べ始めると止まらない。気にしないようにしてがっついた。
半分以上食べたところでようやくお腹の虫も落ち着き、今度はゆっくり味わって食べるよう努める。
帰りを待ち、レンジで温めるのではなく、ちゃんとアタシの分を一から作ってくれるママ。
そのおかげで、こうして美味しいご飯が食べれるのだ。ちゃんと味わわなければ失礼と言うものだろう。
「さ、お風呂沸いたわよ。入ってきて下さいな」
これはもちろん、まだご飯を食べているアタシにではなく、いつまでも娘を嬉しそうに見つめているストーカーオトンに向けたセリフ。
「ん〜、もうちょっと待って。まだ麗美が食べ終わってない」
「は? 関係ないやん。一緒に入るわけでもあるまいし」
「あ! それいいな! 一緒に入るか? オトンちゃんと目ぇ瞑っとくし、なんやゆうたら息も止め……とく……」
急に勢いがなくなり、「さ、入ってこよーっと」などと言いながら、風呂場に向かうオトン。
背筋にゾクッと冷たい空気を感じて振り向くと───ママの冷たい視線がオトンに突き刺さっていた。