素晴らしきこの世界 ─2─
「呑気に飯食うてる場合か!? 高木さんにお茶入れさせて! こんなもんは新人の仕事やろ!」
「あの……アタシも新人なんで」
特に奈々を庇うつもりはなかったが、アタシはありのままを口にした。
「いや、高木さんは仕事頑張ってるやんか。───伊藤くん、君はミスするしか能がないんやから、それぐらいせんかいな」
まるで少し前までの自分に言われているようなセリフだが、これは奈々に向けられた言葉。
横目でチラリと奈々を見ると、下唇をグッと噛み締め、肩が小刻みに震えている。
「返事も出来ひんのか!?」
「……はい……すみませんでした」
押し出すように発した返事も、同様に震えていた。
「さ、高木さん、早よ食べな昼休み終わってまうで」
馴れ馴れしく肩を叩くと、部長はアタシを促し給湯室から遠ざける。
思わず振り返ったアタシは、慣れない手付きでお茶の準備をする奈々の背中をしばらく見つめていた。
昨日とは違い、終業のチャイムを聞き逃さず、素早く立ち上がるアタシ。ロッカールームへは一番のりだった。
着替えを済ませ出て行こうとした時に、ようやく外側からドアが開く。
「───奈々……ちゃん」
覇気のない暗い顔で、ジトッとアタシを見る。その瞳は、人生を諦めきっているような渇きがあった。
「さっきは───」
ごめんな? と口にしかけて、やめた。
別に自分が悪いわけじゃない。部長にああ言われたら、やるしかないじゃないか。アタシだって今まで耐えていた事だ。すると奈々が先に、
「さっきはごめんね? 私……気ぃきかんくて……」
謙虚な言葉とは裏腹に、口元の筋肉がピクピクと痙攣している。恐らく、
「部長に何か言われたん?」
微かに頷く奈々に、ダミ声でネチネチと嫌味を言われている光景が浮かんだ。
「明日から私がお茶入れるから」
以前の奈々からは想像もつかないようなセリフに、
「え、ええよ! アタシかってまだ新人やねんし……交代でしよ?」
やはりアタシは、前の奈々ほど図々しくはなれない。任せっきりになんて出来なかった。それでも、
「いいから!……私が毎日する」
そう言い捨てると、奈々はとっとと着替えを済ませてロッカールームを出て行ってしまった。立ち尽くすアタシを残して。
「……なんやねん」
それも部長に念を押されていたせいかもしれないが、あんな態度をとらなくても……
「なんかアタシが悪いみたいやん」
そう呟くと、アタシは八つ当たり気味にドアを閉めた。
悪いのはアタシじゃない。悪いのは───人を見た目で差別する部長。そして、ブサイクに生まれてしまった……奈々だ。