素晴らしきこの世界 ─1─
ぼんやりしてそうで、意外と人の表情を見てるもんだ。と感心している場合ではない。
「やややややだなぁ! しししし知ってますよ! ジミー……じゃないや……つつつつ月島さん!」
「……ジミー?」
しまった。思わずポロッと出てしまったあだ名だったが、ジミーは聞き逃さなかったようだ。
どうしよう? 『ジミー大西に似てるから』?
ダメだ。全然フォローになってない。ここは素直に、『地味だからジミーなんてどうだっぴょん♪』
可愛く言ってみても気を悪くするに決まってる。事態は深刻。どうするアタシ……
────そうだ!
「月島さん、ジミヘンドリックスに似てるから! ジミヘンに!」
ギターの神様と崇められているジミヘンなら、気分を害する事はないだろう、とアタシは思い付いた。
いや、ギターの神様はエリッククラプトンだったかな? まあこの際どっちでもいい。
もちろんジミヘンとジミーじゃ似ても似つかない。それでも今はそれしか思い付かず、心の中でジミヘンに手を合わせる。しかし、
「……誰それ?」
そうきたか。
「着いたよ。行こか」
何事もなかったかのように、ジミーはポテポテと歩き出す。決してスタスタではなく、ポテポテと。
とりあえずこの場は上手く(?)取り繕えたようで、アタシは胸をなで下ろした。
と思ったのも束の間、彼は歩みを緩め、
「ジミーって呼んでくれていいよ。高木さん」
にこやかにそう言うと、再びポテポテと歩いて行った。
彼が歩くその周りを、女子社員達が黄色い声を上げて色めき立っていたが、アタシにはそんなもの目に入らなかった。
今のは……怒ってるのか? それとも、本気で言っていたのか?
小首を傾げ、思い悩んでいたのだが……
「いっけない! 始業時間だ!」
昼休み、いつものようにバカでかいヤカンを火にかけ湯を沸かしていると、
「高木さん? 何やってんや?」
部長が給湯室に入ってきた。
「あの……皆さんのお茶を……」
これは入社した日からやっている日課。お茶くみは新人の女性の役目と、古いしきたりにこだわったお局様に教えられた。もっとも奈々は、一度たりともそのしきたりを守った事はなかったが。
のんびりしていてはお昼休みが終わってしまう。アタシはタオルに伏せられていた大量の湯呑みに手を伸ばした。すると───
「伊藤くんは何をしてんねん!」
給湯室のみならず、大して広くはないオフィスにまで響き渡る部長のダミ声。
当然、自分の席でサンドウィッチにかぶりついていた奈々にも、その声は聞こえた。
慌てて席を立つ奈々。明らかに怒っているであろう声に怯みながらも、駆け寄らないわけにもいかず。
「部長……何……か?」
ゴクリと喉の鳴る音は、口内の食べ物を飲み下すものなのか、固唾を飲む音だったのか。
いずれにせよ、奈々の表情は酷く強張り、既に叱られる準備をしているかのように首を窄めていた。