ブサイク=美人 男前=ブサイク!? ─4─
机の上にノートを広げ、シャープペンシルで名前を記入していく。
麗美は美人、奈々はブサイク。ついでにママもブサイク。そして、海原も……恐らくブサイク。オトンは……?
そういえばそこはまだ確認していなかった。だがママが何度も、『お父さんに似て良かった』と言っていた事を思えば、もしかしたらオトンも……? 今度ママに聞いてみよう。
「海原さん……カッコ良かったなぁ……」
ため息混じりにつぶやくも、すぐに、
「あ、でも……この世界ではブサイクなんか」
と気付く。それでも、周りがどう思おうと、アタシにはカッコ良く見えるんだからそれでいいんじゃない?
高校生の頃から封印していた“人を好きになる気持ち”が、アタシの中でムクムクと芽を伸ばし始めているのを感じていた。
ブサイクに恋愛は御法度。そう定着していた脳内が今、急激に変化していく。
アタシ、恋してもいいんだ。
翌朝。
冷え性のアタシにとって、冬の寒さは拷問のようで。いつもはなかなか暖かい布団から出ることが出来なかった昨日までとは違い、すんなりと起床できた。
クローゼットの前に立ち、今日着て行く洋服を選ぶ。が……
「ろくな服ないやん……」
地味な色合い、シンプル過ぎるデザイン。いかにお洒落に無頓着……いや、興味がなかったかがわかる。
「しゃーない。これと……これでいいか」
少ないレパートリーの中からなんとか選び、身に付ける。───会社終わったらショッピングに行こう!
駅まで向かう道のり、電車の中、駅から会社までの短い距離。その間にも、男性はみんなアタシを振り返って見る。女性の羨望の眼差しも、ヒシヒシと感じた。
気持ちいい。見られる事がこんなに気持ちいいなんて。
「おはよ、高木さん」
エレベーターを待っていたアタシに、軽やかな声がかけられた。
「四ノ宮さん、おはようございます。昨日はありがとうございました」
「いえいえ。それより───昨日はどうやったん?」
興味津々といった様子で聞いてくる四ノ宮。
「別に……居酒屋行って帰っただけですけど……」
何でもなかったように答えたが、本当の所、アタシにとっては男性と二人で食事行くなんて大事件だ。
「そう。───海原くん、ああ見えて中身はエエ男なんやで?」
それ、居酒屋の店主も言ってた。
「四ノ宮さんは海原さんと親しいんですか?」
「そうやな、同期やし。でも彼が女誘うなんて初めてかも。まぁ私が知ってる限りは」
それも店主が言ってた。
「高木さんも、一緒に食事行くんやったら満更でもないんやろ? ───美人のくせに顔で選ばへんって、やるやん」
やっと到着したエレベーターには乗らず、言いたい事だけ言って、四ノ宮はトイレに行ってしまった。
首を傾げつつエレベーターに乗ると、「待って!」と閉まりかけの扉を強引にすり抜け、男が一人乗り込んできた。
「あ……おはよう……ございます」
同期入社の……同期入社の……誰だっけ?
名前も思い出せない程に、この男性との接点は今までなかった。
ただ、アタシの中ではあまりに存在感が薄く地味な印象しかなかった為、いつの間にやら“ジミー”と勝手に愛称がついていた。
でもまさかこの場でジミーと呼ぶわけにもいかず。かと言って名前も思い出せず。
仕方がないので名前は呼ばず(というか呼べず)そのままやり過ごす事にした。のだが……
「月島」
「へ?」
突然何を言い出すんだ? 眉をひそめるアタシに、ジミーは振り返りつつ、
「僕の名字。“誰だっけ?”みたいな顔してたから」
まあるい顔を更に丸くし、しじみの様な小さな瞳を見えなくなるくらいに細めてジミーは言った。