ブサイク=美人 男前=ブサイク!? ─3─
「あれ? 何か頼んだん?」
いつの間にか戻ってきていた海原が、アタシの前に置かれている小さな空の器を見て聞いてきた。
「これは美人さんにだけサービスや。お前にはやらん」
「まぁええわ…… 麗美ちゃん、ほんなら行こか」
「あ、はい」
半分払うと言うアタシの申し出も、「マサに払わしといたらええねん」と言う店主の言葉に素直に甘える事にした。
「すみません、なんか……ごちそうになっちゃって」
店を出て開口一番そう言ったアタシに、
「ええって、最初からそのつもりやってんから。それより、また誘ってもいいかな?」
照れくさそうにそう言う海原の表情で、さっきの店主の言葉は本当なのだと実感させられる。
もちろんです、と返事をして、ごちそうさまでした、と頭を下げた。
送っていくという海原の好意を丁寧にお断りし、アタシの気分は高潮したまま、自宅への道のりを急ぐ。
早く一人になって、今日の出来事を振り返って実感したかった。
「ただいま〜」
と声をかけるや否や、バタバタと足音が響く。
「おかえり! 大丈夫やったか? 変な男に絡まれたりせぇへんかったか!?」
デジャヴ……その言葉がピッタリに思えるオトンのセリフに、アタシは苦笑した。
「大丈夫やって。会社の人とご飯食べに行っただけやし」
仕事が終わってすぐに居酒屋に行ったせいで、まだ21時前。心配するような時間でもないだろう。
「お風呂沸いてる?」
これも申し合わせたかのように、エプロンで手を拭きつつ出てきたママにアタシは聞いた。
「ええ、さっき。でも父さんが入るって……」
「あ、そうなん? ほんなら部屋に居てるから出たら呼んでや」
コートを脱ぎ、階段に足をかけ────モジモジと人差し指を摺り合わせ、気持ち悪いポーズをとるオトンを見た。見てしまった。
「……なんなん? トイレ?」
「いや〜……あの〜……」
アタシが聞いても、モジモジ……
モジモジモジモジモジモジモジモジモ……
あ゛ぁぁ気持ち悪い!
「なによ!? 言いたい事あるんやったらハッキリ言いよ!」
それでもモジモジし続けるオトンに、アタシは愛想を尽かせて階段をのぼり始める。すると、
「……と………て………だ?」
「は!?全然聞こえへん!」
キレるアタシにオトンは咳払いを一つし、
「誰と……食事行ってきたんかな〜……思て」
相変わらずモジモジしながらも、今度はハッキリとそう聞こえた。
「会社の人やけど……」
「お、男……か?」
「うん、そうやけど」
もしかして……
「オトン変な事想像してない?」
「変ってゆうかぁ……」
「海原さんとは今日初めて一緒にご飯行っただけ。喋ったんも初めてやったし、オトンが想像してるような事は全くないから!」
一気にそう言うと、ハァ〜っと息を吐き出した。
「そうか! 何もないか! ははっ、ほんならオトン風呂入ってくるわ!───あ、大丈夫。ちゃんとお湯汚さんように入るから! ほんなら海原さんにヨロシク!」
スチャッと右手を挙げ、軽やかなステップを踏みながら浴室に向かうオトン。
「なんや? イカレてんちゃうか」
首を傾げるアタシを、ママは含み笑いしながら見ていた。
「あー疲れた」
ベッドに横になると、たちまち疲れが押し寄せてくる。特に何をしたという訳ではないが、いわゆる気疲れと言うやつか。
男性と二人っきりで食事するなんて初めてだったし、言われ慣れていない言葉も沢山かけられ、まだ頭がついてこない。
ムクリと起き上がると、小学生の頃から使っている机の前に座り、メモ帳代わりにしている大学ノートを取り出した。