ブサイク=美人 男前=ブサイク!? ─1─
エレベーターを待つ時間も惜しく、息を切らせて階段を掛け降りる。ビルの出入り口である自動扉を抜けると、ほんの数メートル先に、煙草をゆっくりと燻らせる海原の姿があった。
素敵……
思わず立ち止まり見惚れていると、海原とアタシの視線が交差した。
「ご、ごめんなさい、遅くなって」
頭をペコリと下げるアタシに、海原は何も言わなかった。
お、怒ってる? とハラハラしながら顔を上げると。呆気にとられているような海原の表情と出会った。
「あの……海原さん?」
「あ……ああ。ごめん」
ハッと我に返ると、ニコリと微笑み彼は言った。
「あんまり綺麗やったから、見とれてもうたわ」
ハラハラしてしたアタシの心臓。今度はドキドキと鼓動を速める。そんなアタシを知ってか知らずか、
「なんか食べたいもの、ある?」
長い足を屈め、首を傾げてアタシの顔を覗き込む海原。このままでは本当に心臓が爆発してしまう。
「な、なんでも! 海原さんにお任せします!」
直視する事も出来ず、俯いたままアタシは答えた。
「あ……これも……いい」
アタシは目を閉じ恍惚の表情を浮かべる。
「な、すげぇだろ?」
海原は、少年のように瞳をキラキラさせて言った。
どこでもいいとは言ったものの、高級フランス料理店などをチョイスされていれば困っただろう。なにしろマナーも何もわかったもんじゃない。
だが海原が選んだお店は、何の変哲もない……いやむしろどちらかと言えば、違った意味で敬遠したくなるくらいに、古く汚い店構えの居酒屋だった。
カウンター席に並んで座ったアタシ達。差しで食事するより、むしろこの方が好都合だ。
驚いたのが、料理の素晴らしく美味しい事!
海原に任せた料理のチョイスも良かったのだろうが、きっと全てのメニューにおいて、味の保証はされていると見た。
「ほんっとに美味しいです!」
旨さを存分に噛み締め、ようやく飲み込み胃袋に収まったモツ煮込み。
苦手だった筈の料理だが、自分でも驚く程に美味しくいただけた。それを海原に伝えると、
「ここのモツは鮮度が抜群やからな。臭みが全くなくて食べやすいやろ?───店は汚いけど」
最後の部分は小声で、囁くようにアタシの耳に届いた。が……
「汚いは余計や。───それより、女の人連れてくるなんて初めてやなぁマサ。しかもどえらいベッピンさんときた。お前一生分の幸運使い果たしてもうたなぁ」
今まで寡黙を押し通していた店の店主が、カウンター越しに口を挟む。
「なんやオッチャン、地獄耳やな。紹介するわ、同じ会社の麗美ちゃん。去年入社したばっかりやねん」
「ほうか。まだピチピチか」
「そんな魚みたいな言い方せんとってや!」
「じゃあチピチピか」
「なんやそれ……」
漫才みたいな二人のやり取りも頭の上を素通りして行った。海原さん今、麗美ちゃんって……
下の名前を知っていてくれた事。そして呼んでくれた事に、アタシは驚きと喜びが入り混じり、頬が赤くなっていくのがわかった。
「あれ?麗美ちゃん顔赤いで? 飲み過ぎた?」
言いながらまた、顔を覗き込むように見てくるもんだから。アタシは収拾がつかない程に茹で上がってしまう。
「いえ、あの……麗美ちゃんって……」
「あ、嫌やった?」
「そんな! 嫌なわけないです!」
「なら良かった。さすがに会社では高木さんって呼ぶけど、プライベートな時間ぐらい麗美ちゃんって呼んでもいいやろ?」
コクコクと首振り人形よろしく何度も頷くアタシの頭を。
ポンポンと優しく撫でるように海原は叩くと、「ちょっとトイレ」と席を外した。