人は見た目が全て ─5─
「か、か、海原さん。どうし……ました……?」
一生懸命に平静を装うも、声が掠れる。それもそうだろう。今まで盗み見をする事はあっても、話す機会なんてなかったのだから。
「終業のベル鳴ったけど、帰らへんの?」
言われてハッと時計を見ると。17時を10分程過ぎていた。
いつもは待ち遠しくて仕方がない終業のベルさえ気付かないくらいに、アタシは奈々が怒鳴られる姿に見入っていたのか。
「あ……ホントだ。気付きませんでした」
「ははっ、意外と天然やねんな! 可愛い♪」
「か……!?」
みるみる耳まで真っ赤になっていくのが自分でもわかる。
「からかわないで下さい!」
「からかってないよ、ホンマに可愛いもん。───この後予定ある? 良かったらご飯でも一緒にどう?」
海原は本気でアタシを誘っている。これが美人の特権なの? ならば。
「はい、喜んで!」
どこだかの居酒屋バリに元気な返事を、満面の笑みで海原にぶつけた。
さて。ロッカーを開けたアタシは、どうしたものかと考えあぐねる。
今朝は張り切ってメイクしてきたものの、お化粧直しなんてするつもりもなかったから何にも持ってきていない。
コンビニに買いに走ろうにも、海原はもうすでに下で待っているというのに、そんな暇なんてなかった。
「どうしたん?」
「あ、四ノ宮さん」
四ノ宮は、アタシと同じ事務の女性で、たぶん20代後半の未婚。
入社当初は色々と教えてもらったものだが、仕事を覚えた今では、挨拶以外に会話する事はめっきりなかった。
まあ、それもアタシが人付き合いを避けていたせいもあるのだろうけど。
「実は、これからお食事に行くんですけど……急だったんで化粧品を持ってきていなくて」
「なんや。私ので良かったら使ってもいいよ」
「え? でも……」
「いいからいいから。海原くんとデートやろ?」
どうして知って……
「聞こう思て聞いたんちゃうで? 私の席、高木さんの真後ろやからたまたま聞こえただけ」
そう言うと四ノ宮は、「はい、早よしやな待ってるで海原くん」とメイク道具の入ったポーチをアタシに渡した。
先輩である四ノ宮のメイク道具を借りるのもかなり気が引けたが、背に腹はかえられない。遠慮なく使わせて頂く事にする。
「ちょっと、その眉の書き方なに!?」
「違う違う! チークはもっとぼかして!」
「目はパッチリ見えるように!」
弓矢のように飛んでくる四ノ宮のメイク指導にたじろぎながらも、ようやくメイク完了。
「さ、早く行きなさい。海原くん待ちくたびれてるで」
「は、はい。ありがとうございました!」
慌ててロッカールームを出て行こうとしたアタシに、
「海原くん選ぶなんて。高木さん、見る目あるんやな」
見る目も何も…… 海原さんに誘われて断る女性が、この会社にいるんだろうか?
アタシは何と言っていいのかわからず、ただ少しはにかむと、一礼してロッカールームを出て行った。
ほんの少し違和感を感じたが、それが何かはわからなかった。