人は見た目が全て ─4─
そして入社2日目のあの部長の言葉。
アタシは事務処理をしていた手を止め、思わず後ろを振り返った。と言うのも……
『足し算も出来ひんのか!? ったく……これやから高卒はアカンねん』
と怒鳴られたばかりだったから。それも、部長の字の汚さ故、6が0に見えた為のミスだった。なのに奈々は、明らかに本人のミスなのにもかかわらずお咎めなし。
社会に出れば容姿なんて関係ない。そう思っていたアタシの考えは、この時見事に覆された。
それでも、あまりにミスを繰り返す奈々に、さすがの部長もだんだん眉間に皺を寄せるようになってくる。それを敏感に察した奈々は、ある日────
『それ、私じゃなくて高木さんがやったんです』
席を外していたアタシの名前を出した。戻ったアタシは、
『高木くん! どうゆう事やねんな!』
いきなり怒鳴られ、やってもいないミスを延々と叱られた。言いたい事も言えず、ただ泣きそうな顔を伏せるだけの、まだアカンタレだったアタシ。
帰りのロッカールームで、シレッとした顔で言い放った奈々の言葉は、この先忘れる事はないだろう。
『ごめんね麗美ちゃん。でも麗美ちゃんはいつも怒られてるから慣れてるやろ? 私は怒られ慣れてないから無理やねん。誉められるのは慣れっこやねんけど』
この女……何を言ってるんだろう? 呆気にとられるアタシに、
『麗美ちゃんは怒られんの担当。私は誉められんの担当って事で。いいやんな?』
あまりの理不尽さに、言葉に詰まるアタシの返事も待たず、奈々は鼻歌混じりにロッカールームを出て行った。声にならない怒りに、肩が震えた。アタシは、かなり長い時間、その場に立ち尽くしていた。
ロッカールームを出て、エレベーターに乗ろうとした時、
『あれ? まだ帰ってなかったの?』
背後から、優しく穏やかな声が。振り向くアタシに向かってのんびりと歩いてきたのは。
部長の存在感に押され、すっかり影の薄く……ついでに言うと髪も薄くなっている課長だった。
───この人なら。この人ならわかってくれるかもしれない。
目尻に深い皺を刻み、見るからに温厚そうな笑みを浮かべる課長に、ささくれ立ったアタシの心が救いを求めた。
簡単に事のあらましを伝える。すると、
『う〜ん……こればっかりは……僕にはどっちが嘘をついてるのか判断しかねるからねぇ……』
なんともハッキリしない答え。
だが課長の顔は、温厚そうな笑みは消え、迷惑だと言わんばかりの表情に変わっていた。
この人は優しいんじゃない。ただ面倒が嫌いなだけなんだ。そう察するのに、あまり時間はかからなかった。
この会社に、アタシの味方なんていない。
それから、奈々は頻繁にミスをアタシに押し付けた。さすがにアタシは、部長に講義したのだが、
『君ね、人の所為にしたらアカンで。最低や。性格まで悪かったら、なんもええ所あらへんがな』
直接的にではないにしろ、外見、そして人格までも全否定された。
『私と麗美ちゃんなら、どうしても皆、私を信用するねんて。見た目って大事やね』
薄ら笑いを浮かべ、奈々はアタシに耳打ちした。
それは確かにその通りで。アタシはただ、唇を強く噛み締める事しか出来なかった。
そんな奈々が今、部長にコテンパンにやられている。自然に込み上げる笑いを、アタシは抑えるのに苦労した。
「高木さん」
背中を軽く叩かれ、振り返ると、ムーン・アイランドの広告塔ともいうべき人物、海原 雅人。会社のCMにも起用された、芸能人顔負けのルックスを誇る彼が、そこにいた。