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美意識過剰  作者: 桜木 葉
1/67

彼氏いない歴20年 ─1─

 


 慣れない着物に悪戦苦闘しながら、アタシは駅の階段を降りていた。


 右手は手摺り、左手には紙袋と傘。


 本当は足首まである着物で遮られる視界をどうにかしたかったんだけど。手摺りに掴まらないと、危なっかしくてどうにもこうにも前に進めないといった始末。


「ホンマに……こんな日にこんな重いもん渡すなっちゅーねん!」


 紙袋はズシリと重く、ビニールの持ち手が腕に食い込む。


 と、一人文句を言ってみても、この重みは誰のせいでもない自分自身の失態なのだから泣くに泣けない。

そもそも、事の発端は5年前────







麗美(れみ)〜、はよ行くで〜?」


「ちょ……待って〜や!」


 急ごうにも急げない両手いっぱいの荷物を抱え、親友の凛に向かってアタシは叫んだ。



 中学三年生。涙なんて微塵もなかった卒業式も終わり、アタシ達のクラスは校庭の裏側に集合していた。

みんなそれぞれに、大小さまざまな思い出の物を持って。



(りん)は何入れんの?」


「ん〜? ──聞きたい?」


 ニタ〜ッと笑う凛を見て、聞かなきゃよかったと後悔しても後の祭り。


「シュンとのラブラブ写真と〜、シュンから貰った手紙と〜、シュンの髪の毛と〜爪と〜……」


「アンタ……彼氏に呪いかけんの?」


「何で私がシュンに呪いかけんねん! 大事な大事なシュンの身体の一部やで?それがどんだけ大切なもんか───」


「はいはい、わかったわかった。でもそんな大事なもん埋めちゃっていいん?」


 黙って聞いてたら延々続きそうな凛のノロケを遮り、至極最もな質問をアタシはぶつけた。


「ええねん。だってな、私にはホンマもんのシュンがおるねんもん♪︎」


 瞳を輝かせて語る凛は、本当に幸せそうで。

『そんなに大切なんやったらシュンも埋めたら?』 と喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。


「でもタイムカプセルに埋める意味がわからん。家においといたらいいんちゃうん?」


「あ、それ言っちゃう?」



 意味なんてどうでも良かったのかもしれない。だってアタシの埋めたものは───




 結局、両手に収まりきらないくらいのアタシの荷物は、容量オーバーで半分に減らされた。それでも紙袋一杯ぶんにはなったのだけれど。


 この日、土の奥深くに沈めたみんなの想い。たった5年で出すの!? と、最初は思ったもんだけど。きっと掘り起こす20歳の時には、今とは違った輝きを放つんだろうな……


 そんなメルヘンチックな思想をまだ持ち合わせていた14歳の秋。












 何年ぶりかに会った凛は、一段と美しくなっていた。当時から凛の容姿はずば抜けていて、告白も何度された事やら。きっと本人すら覚えていないんだろう。


 綺麗に整った弓なりの眉に、アーモンド型の瞳。もちろんクッキリ二重。スゥーっと通った鼻筋に、桜色の形のよい唇。これでモテないはずもない。


 別々の高校に入学し、お互い新しい環境に馴染もうと苦労していたあの頃。次第に連絡は途切れ、疎遠になってしまったのも仕方ない事なのかもしれない。それでも久しぶりに会った親友は、他の誰よりも話しかけやすい。


「ホンマ変わらんなぁ麗美は」


「凛は変わったな……どこのモデルさんかと思ったわ」


 ガハハと豪快に口を開けて笑う凛は、振り袖のモデルにでもなれそうなくらいに着物が似合っていた。


「何ゆうてんの。──あ、もう式始まるわ。麗美、後でな!」


 そう言って会場へと歩いて行く凛を、誰もが振り返って見ている。眉目秀麗。その言葉がピッタリだ。


 アタシは一つ溜め息をつくと、同じく会場へと足を踏み入れた。











 それは異様な光景だった。振り袖姿やスーツ、袴を着た若者達が、ゾロゾロと中学校に入って行く。


 思春期真っ只中とも言える中学時代を過ごした校舎。さすがに感慨深いものがあった。


「なぁなぁ麗美、何埋めたか覚えてる?」


「アタシ? 覚えてないけど……凛のなら覚えてるで」


「えーマジで!? 私、全く覚えてない」


 爪とか髪の毛とか、ありえないもん埋めてたのに? まさか……


「凛、シュンとは……どうなってるん?」


 恐る恐る聞いたアタシに、


「は? シュン? 誰それ?」


 やはり恐ろしい答えが帰ってきた。黙って首を横に振るアタシに、凛は何やら聞きたそうにしていたけど。


「では、名前を呼ばれた人は取りに来て下さ〜い!」


 決して賢そうではない当時のクラス委員長が、掘り起こした土にまみれながら叫んだ。


「朝倉 凛さん!」


 まさか一番に呼ばれるとは思ってなかった凛が、目を丸くしてアタシを見る。


「呼ばれてるで! 行っといで」


 ポンと背中を叩くと、ようやく前に進み出た凜。


「一番てなんやねん……こんなんで目立ちたくないっちゅーねん……」


 ブツクサと文句を垂れながらクラス委員のもとへと歩く凜を、アタシは笑いながら見ていた。






 数分後。


 涙を流しながら笑う凛を、アタシはこれ以上はないくらいのしかめっ面で見ていた。


「そんなに笑わんでも……」


「だってアンタ……それは……ないわ……反則……や」


 息も絶え絶えにいう凛を、アタシは恨めしげに睨みつける。目の前に広げられた思い出の品々……いや、ガラクタ達。散々笑い尽くした後、凛はようやく正気を取り戻した。


「いや〜、おもろいもん見せてもうたわ」


 さっきまではアタシが笑う立場だったのに……



 シュンと頬を寄せ合って撮った写真、変色した爪に髪の毛。


「これホラーやで!」


 笑い転げるアタシを睨むのは凛の方だった。


「そういえばこんなんと付き合っとったかなぁ……」


 その言葉に、少しだけシュンが気の毒に思えた。そしてアタシの名前が呼ばれ、ドサリと手渡された大量のガラクタ達。


 中身を見て唖然とした。驚く程に下手くそな絵。たぶんウエディングドレスを着ているのだろう。“未来の旦那様へ”と書かれた手紙も添えてあった。内容は……言えない。


 そして修学旅行で作ったマグカップ。みんなはマグカップとお皿などを作っていたが、アタシはペアのマグカップを作った。


 二つ並べるとハートのマークが完成するという恥ずかしい代物。オマケに底には、またもや“未来の旦那様へ”とご丁寧にも彫られてあった。


 他にも、家にあった黄ばんだレースをつなぎ合わせたヴェールのようなもの。ビーズで作ったペアリングなどなど。この頃のアタシの頭の中は、20歳で結婚といった絵図が出来上がっていたようだ。


「そんなに結婚願望あったなんて、知らんかったわぁ」


 アタシだって驚きだ。


 今の自分からは考えられない思考。結婚どころか……


「まさか、もう既婚者か!?」


「まさか」


「せやんなぁ。じゃあ彼氏は?」


「……まさか」


 凛は、『そうか』とあっさり言っただけだったが、これを言っていたら引いただろうか。



 彼氏いない歴20年だ、と。







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