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世界の放課後に  作者: うさみかずと
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After school of the world

次の日、天気は回復して朝から雲ひとつない青空が広がっていた。曇りの日が続いたため洗濯物がたまっていた。二人分の服を洗い干した。

ちょうど作業を終えるとマスターがカップにコーヒーを淹れ窓辺から外の景色を眺めていることに気づいた。

私は急いで駆け寄った。

「お体は大丈夫なんですか」

「最後はこの椅子の上で死のうと思うんだ」

どうやらありったけの力を振り絞って歩いたらしい。

私は家に入りマスターの隣に座った。窓の外から見える干したばかりの洗濯物が太陽の日差しを浴びて白く輝いていた。死とは縁もゆかりもない気持ちのいい朝だった。私はマスターの横顔を覗いた。

「残り何時間くらいですか」

しばらく黙りこんだあとマスターは手を使って答えた。

「人間は死をそんなに正確に把握しているのですか。」

「さて…どうやら」

そう言うとマスターはまた外を見た。私は緊張しながら、質問した。

「マスターがご自分のことを教えてくれなかったのは私からの追及を恐れたからですよね。」

マスターは私の顔を見つめて次の言葉を待っていた。

「私は自分の死を正確に把握しています。私はあらかじめ生きられる時間がプログラムされているんです。そしてマスターも」

人間が一人もいなくなった世界を、マスターだけ生きることができたのはマスターは私と同じ…。

「なぜわかった」

「地下室の日記を見ました」

「そうか」

あの写真の女性は製作者でマスターのマスターだった。私が人間に憧れをいだいた時マスターもまた同じ思いだったのだ。

「なぜ人間のふりを」

「君が失望するんじゃないかといろいろ考えたんだ」

自分と同じ存在に作られたと知っては私が傷ついてしまうと考えたそうだ。「マスターは大バカです」

「本当に….すまなかったな」

私はマスターを抱きしめた。そしてそっとキスをした。私にとってマスターがなんであろうと関係なかった。

「僕は彼女を憎んだ。そして忘れようとしたんだ。でもできなかった。彼女にもう一度会いたくて、彼女の隣に埋葬されたくて、だから君を作ってしまったんだ」

「ずっと一人だったんですね」

「彼女が死んで二百年ずっと君を想っていた」

マスターが私をつくった気持ちはわかった。死を迎える瞬間誰かに手を握ってもらったらどれだけ幸せなんだろう。私も自分が死を迎える時マスターと同じことをするかもしれない。地下室に行けば材料は揃っている。だからこそ私はマスターを許すことができたのだ。

私はマスターの隣に寄り添い手をつないだ。マスターは私の首の包帯がずれているのを直した。マスターの優しさが暖かい。太陽のやわらかい日差しに包まれて胸にあったわだかまりが解放されていく。

「笑顔を見せてくれないか」

かすれた声が私の心を震わせた。

「私はマスターを恨んでいました」

マスターは頷いた。

「マスターが私を作らなければ、死を意識することも、誰かの死に苦しむこともなかったでしょう」

私はマスターの手を強く握った。マスターも私の手を最後の力を込めて握り返した。

「好きになればなるほど、失われたとき私の心はばらばらになる。終わることのない苦しみに耐えて生きていかなければならないならいっそ心のない人形になりたかった」

涙が私の頬を染める。マスターの弱々しい指が私の頬に触れた。

「でも私は感謝しています。たとえ誰かの複製でもマスターと出会えたことこの世界の輝きに触れられたことはどれほどの価値があるのでしょう。死を恐れ悲しみに支配されても、それが生きている証だと思えるのです」

はるか昔に生きていた人間も生まれてきたことに感謝と恨みを抱き世界の矛盾に苛まれ愛と死を経験して生きていたことでしょう。

「マスター…」

幸せなんて言葉じゃ足りないなんて言葉を使ったらいいのか…ああそうだ。日記に書いてあったあの言葉を贈ろう。

「愛してます…マスター…」

満面の笑みをマスターは浮かべた。きっと私はうまく笑えたのだ。

私はマスターの愛した彼女の隣に穴を掘ります。お墓を作って森に咲いた花を手向けます。日記を書いて今日の出来事を報告します。

マスターの息が少しずつ弱くなりやがて聞こえなくなった。

「おやすみなさい」

私はそのまま目を閉じて静かに寝息をたてた。


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