第9話 マサルとエドガー
「逃げたらタダじゃおかないからね」
腕をぶんぶん、とさせるマサルにカエデも怪訝に見つめ。拘束具を外した。外されたことに。
「やった! おお! 軽い! 俺は自由だー~~ッッ‼」
マサルの奴は大きく叫んだんだけど。おい? 状況を弁えろよ? この野郎。
「マサル殿。少しは落ち着くでござる!」
「おお! 悪ィ! 悪ィ‼ っじゃな‼」
ヴぉん!
マサルは身体を翻して姿を消した。
突然のことに僕もだけど、スミタもーーカエデの顔も茫然となっていた。
身体を大きく震わせて拘束具を地面に叩きつけた。
ガッシャ――――ンッッッッ‼
「ッツ‼」
顔は鬼の表情のカエデを横目に、
「消えたでござるか。全く」
僕はスミタに訊いた。
――どうする? 何処に行ったのか視ようか?
「‼ その様なことが可能なのでござるか??」
--うん。熱があるなら大概は。
「熱探査ってヤツでござるな! それでは頼むでござるよ!」
「? 何と話しているの? ……ああ。《喰苔貝》か。それ非常食じゃないの? あんまり話すと情が湧いて食べられなくなるよ」
「僕を食べたらお腹壊すからね!」
思わず僕は大声で言い返しちゃったんだ。ああ、やっちゃった! 全部! あの馬鹿のせいだ!
「まぁ、なんだ。確かにマズそうだもんなァ。あんた喰ったら」
ジノミリアが僕をスミタの懐から取り出した。
そして、見上げる。止めて! 高い! 高いからぁ‼
「ジノミリア殿。この者を虐めるのは止すでござる」
スミタが僕をあの女から奪って、また懐に戻してくれた。ああ、安定の位置だ。
「然して。お主――いや。名は何と申すでござる? なければ拙者が――」
「エドガーだ。エドガーが僕の名前」
「「地味な名前なこった」」
ジノミリアとカエデが声を揃えた。ふざけんなよ。コラ! 視る気も失せちゃうんだけど!?
「止すでござる! ったく! でエドガー殿。頼めるでござるか?」
「うん。任せて」
◆
「よっと! さてと?」
僕は難なく彼をみつ……け……? あれ??? ぅん??? おかしいな? これはどういうことだ???? 彼がおかしいぞ?!
「しっかし。よくもまー~~こんな場所に俺を投げ込んだ訳だ! あのおっさんは!」
ぷるん! と平らな胸が大きく膨らみ揺れていた。さっきの彼にはなかったものだ! そ、っそれは彼が! 彼が‼ 彼が彼じゃないってことになるじゃないか!
「? なんか視られてんな……ああ、お前か? 貝野郎?」
目を細めて、宙に言う彼に僕も応えた。
――みんなが君を心配、いや――怒ってるよ。カエデに至っては尋常じゃなくだ。
「あっそ。それはどうだっていいんだよ! 誰が、どう! 俺に怒ろうがだ」
--君は。何がしたいの?
「? はァ? だから言ったじゃねェかよ。見て来るってよぉ」
――君。一言もそんなこと言わないで、ここに来てるよ?
僕の言葉に彼は豊満な胸を隠すこともせずに。
顎に指を置き、唇を突き出した。
「はァ? 言ったって。言った言った!」
――いや。言ってないって。
「今、言った!」
っぷるるるん!
豊満な胸を突き出しながら、はにかんだ笑顔を向けた彼の豊満な胸を僕は視ていた。この胸に挟まれたいと思ってしまう。駄目だ、駄目だ! 僕にはメアがいるんだから!
-君。今、自分がどうなってるか……分かってる??
「はァ?? 俺は元々人間じゃねェ。《ダークスキャナー》っつー黒い霧さ。俺は人間になるべ――」
――じゃなく。自分の身体がどうなってるか分かってるの?
「? はァ?? 身体ぁだァ????」
ぽっよん♥
胸に手を当てたマサルの掌に柔らかいものが当たる。思わず揉んでしまう、それに。
「っひゃ! ふぇ??」
マサル自身の身体が震えた。よっぽどビックリしたのかもしれない。いや、むしろ何故に気づかなかったのか知りたいよ!
「っこ、これは???? 胸……なのか?????」
――うん。君は女の子になったようだよ。
「はァ?!」
もみもみ。
「お♪」
もみもみもみ♪
「おお♥」
彼が、自身の膨らんだ胸を揉みながら、荒く息を吐いていた。うん、傍から見たらただの変態だし、声も、見たくもない。関わりたくもない人種なんだけど。
「っす、っげー~~! 柔らかい‼ この弾力ったら! ぅおー~~♥♥♥♥」
さらに自身の胸を揉みまくる彼を、僕もどうしたらいいのかな。身体が在れば、噛みつきたいとこなんだけどさ。
◆
「エドガー殿?!」
◆
あ。スミタだ。
――居たよ。見つけたから大丈夫。
◆
「遠い場所なの? 自分も行こう」
◆
いや。来られても困るんだけど。来なくたっていいよ。
――ちょっと遠い場所。彼も戻るってことを言い忘れたみたいだから。
僕もマサルのすかぽんたんの意思を伝えた。当の本人は、まだ胸を……胸を???? あれ? ぅんんんん-~~居ない‼
僕がスミタとカエデと話して、マサルから目を離した隙。彼の姿がなくなっていた。ちょっと! 何なの?! あいつはっっ‼
――心配しなくてもいいよ。
言葉が、あまりのことに震えた僕に、
◆
「……その馬鹿は。まだ居るの?」
◆
カエデが鋭利に言い放つんだ。何、勘がいい感じなのさ。止めてよ! ああ! もう~~何処に行ったんだよ~~‼ あのすかぽんたん‼
狼狽えているのが丸分かりなのか。
◆
「――……エドガー君。お宅、あの馬鹿を見失ったりとか……していないよね? 確認なんだけど」
◆
すぅううう。
ふぁ~~ッッ! って勢いよく煙を吐く音が聞こえる。苛立っていちだろうけどさ! 僕だって同じだから! むしろ、僕の方が苛立って、殺気立っているんだからね!
それにしたって。あのすかぽんたん野郎は、何処に行ったんだよ!
「おい。聞こえるか? ぇっと……なんだっけか? お前の名前は???」
――!? き、聞こえてる……けど?
マサルが僕に話しかけてきた。居たのかよ! 戻って来たのか?!
「名前! 名前は何てェんだよ!」
--え、エドガー……
「エドガー????」
--うん
「いい名前じゃねェか。うん! カッコいい名前じゃん!」
にこやかにピースサインを僕の姿がないっていうのにする彼に、僕もため息を吐いてしまう。彼はどうしょうもなく、この上もなくすかぽんたんだ。だけど。彼はーー憎めない。
そんな一言に尽きる。
「通信。あいつらと出来る? ちょっと頑張ってくんねェか?」
――いつでも。どうぞ。
「ああ。悪ィな!」
ぷるるるん!
「おい! 訊こえるだろう??」
◆
「お宅、早く戻って来なよ」
「おお! マサル殿! 辺りの状況を教えて頂きたいでござる!」
◆
変わる変わるにマサルに話す彼らに、マサルは前髪の長い束を指先で巻いていた。そして、唇を突き出しつつも、
「最悪の状況だよ。この上の階に寝てた死者がゾンビ化してんもん」
短く伝える。彼は一体、何処まで行っていたのか。
「多分。恐らく――こりゃあ毒薬かなんかがタンクから漏れたんだわ」
苦々しいと言った風貌に、ぼんやりとした空間の灯りから視えた。
「よくある。テンプレだよな……はァ……」
がくりと項垂れる彼に、
◆
「お宅。もう、戻って来なよ」
「うむ! 何が起こってからでは遅いでござる!」
◆
「いや。もう、起こってるしよー遅いってもんだよ♥」
自身の豊満な胸に鼻の下を伸ばしながら見ている彼。ド変態の称号を与えたいところだ。
◆
「何? ……噛まれたの? 《屍》に」
「いやいや! っち、違うでござろう?! マサル殿‼」
◆
――マサルは。女の子になっちゃったんだよ。原因は僕にも分からないけど。本人はどうなんだろう? どうなの? 何で????
僕は口に出して訊いた。それにマサルも困った表情を浮かべた。
「そんなこたァ。あのおっさん夫婦に訊かねぇと分かんねぇ問題だ」
何かを、誰かを思い出しながら。マサルが言う。
「も。そっちに戻るってよ!」