第60話 カエデの決意
それ《屍》と呼ぶには、あまりにも生気に満ち溢れていた。服には泥がつき、その肌も泥にまみれていても、そんなことなんて気になることなんかない。ただ、目の前のカエデのママの威圧に。
次の動向を固唾となって見守ってしまうし。何を話すか、その緊張感に満ち溢れていた。
僕はスミタの胸元の中で震えながら耳を澄ますことしか出来ない。
「ママ。パパは――ダイキチは亡くなったんだ」
『嘘を吐くな。オレになんて口の利き方してんだい?? 親に向かってっさァアアアアッッ‼』
ママが腰から何かを取り出した。ああ。なんてこった武器だ。どうして、幽閉した人間に武器を渡したままだったんだ。間違っていないか。
『新旧の――《舞姫》の激突といこうじゃないかぁアアッッ! カエデぇエエエッッ‼』
「いや。嫌です」
『そうだねぇ。何か、手前が本気になる人質が必要だねぇ』
「!?」
ママがスミタ→ジノミリア→ズッキーナと見ながら、カエデの反応を確かめていた。なんの表情もせず、屈する様子もない息子の目を細めて。マサルを見た瞬間だ。
『ダイキチ。ああ、ダイキチッッ!』
硬い表情を向けていたママの表情が和らいだ。どうやらマサルの奴はパパという存在と瓜二つのようだ。じゃなかったら……ああ。だから。だから、カエデの奴も懐いたのか。
「ぅ、うお。何だよ。なんなんだよッッ!」
突然向かってきたママにカエデも身体を後ろへと引くと、ズッキーナが前に立ちはだかった。
「寄るで無し。この人間は自分のパパなどでも無しッ」
凄むズッキーナにママも、
『邪魔な子蠅だねぇー~~』
ほくそくみながら武器から手を離した。
「ママ! こんな狭い場所でッッ‼」
ママの行為に、あのカエデが声を荒げた。
そして自身の武器もようやく取り出したんだ。でもだ。少し、カエデのが遅かった。
ママの落とした武器が分裂をした。
一つが二つに、二つが四つと――何十もの銃が円陣を組んだ。
おいおいおいおいおい。そんな凶器を、こんな狭い場所で拡げたらッッ。
「っちょ! ぉ、おおおおばさんンんんンぅ?!」
ジノミリアがママに裏返った声で言う。その言葉に、ママの泥のついた額に青筋が浮かび上がった。表情も、一気に暗くなった。おいおいおいおいおい。言葉は慎重に選べ。馬鹿。
しかも、人外の完全体になってやがるじゃないかよ。
「ジノミリア殿! 一体、如何されたのでござるかっっ??」
「いかがも何も! あんた、この状況で。あんな化け物と戦って勝てるとか夢見てないでしょうねぇ??」
「夢、……でござるか」
そう小さく言い漏らしながらスミタはママを見た。いや、見据えていたんだ。
剣の柄を指先でなぞりながら。
(スミタ……君は。恐れを知らないのかい)
僕はスミタのすることが予測できたんだ。
その僕の言葉に、スミタが僕の入った懐を撫ぜた。
「恐れとは何者の名でござるかな。ズッキーナ殿。マサル殿を頼むでござるよッッ」
ズッキーナもマサルを肩へと担いだ。
「ああ。当然でござるよッッ」
普通なら、その行為にあのカエデが何か言いそうなのに、一心にママを見据えていた。表情は硬いもので、何かを模索しているかのようだった。
「カエデ殿。一つ、お訊きしてもよいでござる」
「――……うん」
「お主の母上を――殺めてもよろしいでござるかな」
率直に言いくるめることもなく。正直に、面と面を向かってスミタが言った。ただ、その言葉にカエデも身体を強張らせながら。
「いや。それをしなければならないのは。自分だ」
目に涙を溜めながらスミタに言った。その言葉の意味は僕にだって分かる。
カエデはママを。
「自分が。息の根を止める」




