第56話 ダイキチとカエデ
『坊主。俺の――父さんの願いを訊いてくれないか?』
自分の中に父の声が響いた。
その声は父が戦死する前のものだ。
『は? 嫌ですけど??』
自分は正直――父のことが好きじゃなかった。
いや。
好きじゃないって振りをしていたんだ。
とても、とても大好きだった父。
今思えば。
マサルに。今のマサルに似ている容姿だと思う。
垂れた目で黒い眼。
太い眉と、左目を覆い隠す黒い髪。
父は、明らかに。
母とは違う国の人間だった。
だからこそ、母を恐れず結婚して。
さらに自分を孕ませたんだと思う。
怖さもない、力もない父。
そんな男を。
どうして、男勝りの女であった母が。
恋をして、女になって、子供を――自分を孕んだのか。
未だに。
自分には――理解が出来なかった。
『もしも。テラ様に――舞姫様が暴走されたら。貴方が止めるんですよ、カエデ君』
『は? だから、嫌ですって』
しかも。
父は自分の話しを、他の話しも。
割と聞かない男だった。
『俺が亡くなったら。きっと――舞姫様は……はは。うん、うん……歯止めが効かなくなってしまうから……俺が、俺が舞姫様の――《楔》だから』
そのときの父の横顔が。
未だに鮮明で。
瞼の裏に焼きついているんだ。
父は――《予知能力者》だった。
そのことを。
死んだあとに自分は知った。
あのときには。
すでに――《未来》が視えていたんだとしたら。
◆
「マサル。ダイキチって……文字を知っているかい?」
「? っはァー~~?? ダイキチ???? そりゃあーまぁ……ダイキチだろ? ダイキチ」
スミタが《屍》を叩き斬っているときに。
その後ろで言い合う二人に。
僕は苛ついてしまう。場所と時ってもんがあるだろうが。
「後ろが。騒がしいでござるな」
少し、スミタも笑った。
その顔に、
「うん。怒ろうか? スミタ。あの馬鹿達」
僕も、スミタに訊く。
「いや。良いでござる……落ち着くでござる。今、この刻は」
剣についた血をかぶり振りながら。
スミタが僕に言い返した。
そして。
振り返った。
「ダイキチとは――大いなる吉。つまりは――《幸せ》を意味する文字でござるよ。カエデ殿!」
自身が言おうとしていた言葉を。
不意に言われてしまったマサルは。
少し目を細めた。
「スミタァー~~!?」
「? 拙者の国ではでござる。マサル殿の国とはことな――」
「同じだよ! 同じッッ‼」
「それはそれは……奇遇でござるなぁ~~」
「……――だな♪」
笑うスミタにマサルも笑った。
でも、次の瞬間。
「スミタぁアアアッッ‼」
マサルがスミタの後ろの屍に気がついて。
慌てて庇おうと駆け出したんだ。
次いで気がついたのが。
ズッキーナで。
「《盾よ! 成せ‼》」
地面を強く踏み込んだ。
ズッドォオオオンンンッッ‼‼
するとどうだ。
スミタの足下から勢いよく、
「ぅっわ゛! すげ……やんじゃん! ズッキーナ! お前‼」
地面が盛り上がって、その道を塞いだ。
おい。待て。
塞いじゃダメだろ。それは。
それってつまりは――……
「あんた。道なくしてどうすんのよ? バカじゃん??」
ジノミリアが眉間にしわを寄せて言う。
そうだよな。普通に考えても。
「いやいや! 危なかったんだし! これは当然の結果じゃね?」
「屍だけとか倒せなかったの? あんた」
ジノミリアとマサルの言い合うに。
ズッキーナも目を細めた。
「……分かった」
ズッドォオオオンンンッッ‼‼
ズッキーナが、また地面を踏み込んだ。
すると壁も砂となって吹き飛ぶ。
その中から。
「おいおいおい! ズッキーナぁああ~~‼」
屍の群れが現れた。




