第30話 思いもしないこと
胸に収まったコイツが俺の目に映る。
もぞもぞと動く度に、
「ん゛!」
俺も、くすぐったくもなる。
ヨロけてしまって、そのまま。
宙に腰を据えてしまう。
「っはー~~♥♥♥ 本当にいい胸だなァ~~♥♥♥」
ぐりぐり! と顔を左右に揺らすコイツに。
「っよ、よっせってぇー~~‼ ぅうう゛~~‼」
俺も涙が浮かんでしまう。
堪らなく。こう、汚されていく感覚だ。
カエデや、グレダラスのような押しの強さに。
「っひ! っも、もぅいいだろォおおぅ?!」
俺はコイツの頭の毛を掴んで。
頭を浮かばせた。
「ふぇ?」
鼻先からは夥しい血が溢れている。
つまりは。
俺の胸の谷間にも、血がついているわけで。
「‼ っご、のォおおお゛ッッ‼」
俺はコイツを投げ飛ばした。
しかし、奴は宙で止まった。
「なんだって言うんだよ! ちったァ、儂にサービスぐらいしろってんだ!」
頬を膨らませて、そう吐き捨てる態度に。
俺は、唖然としてしまう。
「サービスっだァあああ?! 散々と俺の胸で楽しんでおいて! まぁああだァああ‼ 足りねぇってのかァああ?!」
低い声で、俺も言い返した。
それに奴も、
「《神》たる儂を怒らせたらどうなるか! 分かっていてしてはいないだろォなぁ?! お前さんは!」
そう大きく吐き捨てた。
そんな言い合いの中。
巨大な鳥の群れが飛んだ。
「!?」
バサ! バササ! と羽が鳴る音に。
俺は、思わず見渡してしまう。
そして。
『いい加減にせぬか。かず志殿』
柔らかく、心地のいい声が聞こえた。
同時に。
奴の顔も汗が噴き出していた。
「ぁ……あの、その……――」
『この話しは戻ってから、訊くでござるよ』
「や……だから。お師匠さん……その、あの――」
しどろもどろに言う奴――カズユキと言う名前を。
どこか聞き覚えがあるような、ないような。
「っだ、誰だよ! 次から! 次に‼」
◆
「あ」
「「どうした?! 見えたのか?!」」
僕が小さく声を漏らしたら。
カエデとジノミリアが顔を勢いよく僕に向けた。
それに僕も黙るしかないのに。
「っち!」
「紛らわしいこと言わないでよね! 役立たず!」
忌々しいと言った口調で僕に言う二人。
そのときだ。
音が聞こえた。
ゆっくりと来る音。
僕はカエデの手からぶら下がって。
そっちを見た。
「《屍》‼」
思わず僕は言ってしまう。
でも、心配は要らないことは知っている。
ただ、知っていても驚いてしまうのは至極普通のことだろう。
入り口から入ろうとしても。
『ぉ゛……あアァ゛……ォあ゛――』
その姿が一瞬にして炎に包まれた。
そして、灰から塵になって舞っていく。
全ての屍が一斉に。
ここ――《楽園の墓標》なる最も《聖域》に近い場所。
穢れた者は一網打尽に消滅させられるんだ。
「っこ、この場所にいれば無敵ね。いいじゃない!」
ジノミリアが、にこやかに言うも。
すぐに、
「出るのが……怖いったらないや」
本音を漏らした。
「問題は。マサル君が、この場所に戻るかどうかだよ」
すぅうう~~……。
「戻ればいいんだけどね」
っふ、ぅうう~~……。
カエデが煙草の煙を吹き出した。
嫌な顔をするジノミリア。
「さて。帰って来たらどうしようかな」
不敵にカエデも嗤った。
とても怖い顔でも僕には関係がないし。
「好きにしたらいいと思うよ」
◆
『言うておくが拙者は自分の《お師匠さん》ではない。何度も言わすでないでござる』
はっきりとした口調でカズユキに吐き捨てた。
大きな足を三つとある黒の鴉が。悠長に喋る。
それに俺もぽか~~んだが。
『お守は出られぬ身故。拙者が会うこととなったでござる』
「そりゃあないよ~~お師匠さ~~ん! 儂じゃあ、ダメってことかい??」
『そんなのは自分で考えればでござるな』
鴉が羽根を畳むと。
鴉は人の容姿に変わりやがった。
褐色の肌に、黒い髪に黒い――着物だ。
袖口には蝶のようなものの白い刺繍がある。
「会うのはこれが最初にして最後になろう」
面持ちは少年、そのもの。
だというのに。
この威圧はなんだ?
「ぉ、お前は――一体????」
「お前とはなんじゃああ! お前とは! この方は儂のお師匠さん! の片割れで儂の弟、弟子なんだぜ!」
喜々として言うカズユキに。
彼も眉間にしわがよっているってことは。
察してしまうなぁ。
「名は――」
カズユキは言う前に。
「拙者は。覚える必要もないでござるが鬼灯奈落なる者……で、っござー~~る‼」
にこやかに俺を見ながら言った。
このとき俺は、この場限りと思っていた。
だが、しかし。
それは勘違いで。
この先も、この少年に手助けをされていくなんざ。
思いもしていなかった。




