ご褒美と失うもの
アズールとともに行動するようになり、お互いを愛称で呼ぶほど親しくなった。3、4年一緒にいて、お互いなんとなく以心伝心の域まで達するかと思われた頃。
赤い石の探索、以外で極力私の力を頼りにしないアズからお願いがあった。
私の魔法の発動条件が『他者の願いをかなえる』ことでしか使えないように、アズは世界に散らばる謎の赤い石を媒体にしないと魔法を使えない。しかも、大きい魔法ほど赤い石を消費するため、彼にとって赤い石は切っても切り離せないものだった。
そんな赤い石が取れる取れる、いらないもうというほど取れる国に滞在していた時のこと。
「あの、さ。赤い石の探索以外で、エルシャに魔法を使ってほしいんだけど」
珍しく歯切れが悪く、表情も浮かないアズに
「とりあえず話を詳しく聞かないと私には何もできないよ」
優しく微笑んだ。
今でも、どうしてこの時、断らなかったのか悔やむに悔やみきれない。
「うん、えっと、この国、俺の欲しい赤い石がわんさかあるじゃない? そこで、できれば定住したいなって思ってて、お願いしたんだけど」
確かに、お互いに出来るなら、いい加減根無し草の生活をやめて、定住したいとはいっていた。この国の庶民の人の好さがいいこともあり、先日アズに相談され、私もこの国ならと了承したところだ。
「もしかして、拒否された? とか」
「いいや、別にいいって言ってくれたんだけど。国のお偉いさんから、ちょっとお願いされっちゃってさ」
「なるほど、お願いという名の交換条件ね。で、その内容は?」
「今隣国とドンパチしてる戦争を止めてくれないかって」
「そう、きたか」
そう、この国は隣国と国境で争いを繰り広げている。お互い、兵と兵同士でやってるようで、まだ一般の民や国土自体にそこまで被害はないらしいが、なかなかに長引いていて厄介なことになってきてはいるらしい。
「大丈夫、そう?」
「んー、多分、いけると思う」
「本当? ありがとう、助かったよ。俺一人の力じゃ、やっぱり限界があってさ」
「限界があるのは私も同じ。お互い補えないところをカバーしていくしかないでしょ」
そう笑いあえていた。
この国の重鎮たちに会いに行き、中でもアズが王女と恋に落ちるまでは。
良くある話だ。依頼達成のため謁見しに伺った王宮で、アズのことを気に入った王女様はアズに恋をした。アズもアズで王女様に恋をした。
私は完全に邪魔者だった。依頼達成のために、表立った嫌がらせはされなかったものの、王や王妃、従者、中でも特に王女様からアズに対するけん制のようなものがあり、私からアズには近づけなくなった。みんなから、お前邪魔なんだよ、依頼が終わったら用済みというオーラを毎日浴びて精神的にも肉体的にもきて、良くも悪くも痩せた。
それが緩和されたのは、私が鬱と不眠に陥り始めた頃、この依頼が完遂したら、王女とアズが結婚式を挙げるという話が出た頃だった。
馬鹿馬鹿しい。実に滑稽な話だ。
アズは嬉しそうに王女様と腕を組んで報告に来た。私にはお祝いの言葉をいう以外の選択肢はなかった。
王女様は勝ったというような顔を私に向けて、以前はアズと私を二人きりにさせるのも嫌がったのに、婚約したこともあり、安心と思ったのだろう、久々に二人きりにさせてくれた。
「エル、今まで無理をさせたよね、ごめんね」
それは最初から今までの旅のこと? それとも王宮での軟禁生活のこと?
私は虚ろな瞳をアズに返すだけ。
「でも、これでようやくお互い定住できるよ。報奨金もたっぷり手に入るから、当面生活にも困らない」
「そう、ね。本当、良かったね、アズ。おめでたい話のところ悪いけど、体調が悪いの。一人にしてくれない?」
「大丈夫?」
あろうことか、彼は私に触れようと手を伸ばしてきた。私はさっと身を引き
「駄目じゃない、王女様以外の女に軽々しく触れちゃ。邪推されるわよ。さ、出てった、出てった」
そういって、アズを部屋から追い出すことしかできなかった。
足音が遠のいたのを確認して、泣いた。
苦しくて、悔しくて、情けなくて、涙が止まらない。
「なに、が、ずっと一緒にいるよ、結局、アズも嘘つきだったんじゃない」
本人に二番目にいいたい言葉を独り言ちて、私は一晩中泣き続けた。
少しの睡眠をとり、戦場へ向かった。アズも一緒だ。泣き晴らして、クマだらけのひどい顔は、武士の情けか、メイドさんたちがどうにかしてくれて大分ましになった。使い古した黒いローブもきれいにクリーニングしてくれて、おめでたいアズや国の上層部たちとは対照的に葬式みたいだなと思わせられる。
国境での何度目になるか分からない戦をとりあえず敵さん側に勝たせて、翌日あちらの国の王子が約束してくれた褒美をもらいに行った。
アズと国のお偉いさんを引き連れて、現れた私たちにあちらの国のお偉いさん方は動揺していたが、私に敵意はないという旨、そして褒美をもらいに来たというと話合いできる部屋に通された。
そう、王子からもらいたい褒美は確かに金銭ではない、金銭ではなく
「単刀直入に言います。褒美として、両国の永久休戦並びに平和友好を所望します」
それからは割とあっさり事が進んだ。こちらの国でも、前王が始めたこの戦争にいい加減終止符を打ちたかった事もあり、とんとん拍子で両国のお偉いさん同士が書類に印を押し、戦争は終わりを見せたのだった。
アズやお偉いさんたちとまた国に戻り、明日のアズと王女様の結婚式の準備で大忙しとたくさんの人が王宮を行きかっていた。
私は報酬である大金をいただくと、王宮で軟禁されていた部屋に置手紙をしてその上にアズからもらった赤い石でできたペンダントを置いて颯爽と出ていった。どうせアズ以外の誰かに勝手に先に読まれるのは分かっていたので、封筒に入れなかった。
誰も私に話しかけないし、感謝もしない、お辞儀もない。みんなの頭の中は明日の結婚式のことでいっぱいなのかもしれない。でもね、早く出て行けというなら、こっちから出て行ってやる。
私が向かったのは、王宮の外に隣接する鳥小屋だった。鳥といっても、私くらいの大きさ以上で、人が乗って移動できるほど賢く穏やかな鳥だ。毛色はそれぞれ違いカラフルだった。邪魔者扱いするくせに、依頼達成のために逃げないようやんわり監視され、たまに散歩に出たときに辛かった私を慰めてくれたのはこいつらだった。あと、一応こいつらを管理し、世話をするおっちゃんくらい。
もう監視はない。アズにもあの王女様がべったりで、行くなら今が好機だった。
「行くのか?」
ひげ面のおっちゃんが開口一番いうと
「はい、あのこれ・・・」
「いい、こいつらの価値を金で決められるのは好きじゃねえんだ。それに、国のお偉方や他の連中はあんなだが、戦に駆り出されていたものやその家族はきちんとあんたに感謝してる。利用して、すまない」
渡そうとした金を受け取らず、おっちゃんは深く頭を下げた。
「もう、どうでもいいんです。なにもかも、どうでも」
ぶっきらぼうにいうわたしに、一番仲良くなったピンク色の鳥が慰めるようにほおずりしてくれる。
「ありがとう、リシェル。大丈夫だから」
「鳥馬鹿で済まないが、リシェルを大事にしてやってくれ」
おっちゃんらしい。
「あと、あんた自身のことも大事にしてやれ。死のうなんて、思うなよ」
「自分のことは約束しかねますが、リシェルのことをないがしろにはしないと約束します。・・・リシェル、こんな私についてきてくれる?」
リシェルは、了承というようにまたほおずりしてくれ、早く背中に乗れという態勢だ。
一刻も早くこの場から立ち去りたい私は、彼女の申し出に有難く応じる。背中にまたがると、リシェルはあっという間に駆け出した。
「ありがとう、達者でな」
後ろから、おっちゃんの声がする。私は振り向くことなく、手を振った。
頬に涙が、つたう。
「アズの嘘つき。アズの馬鹿。アズの鈍感。アズの、アズの・・・。さよなら、アズ。好きだった」