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片恋  作者: 文月 優
3/5

儚い約束

彼の名は、アズールといった。

最初の頃は助けられた恩があることや、依頼主と依頼人の関係だったこともあり、さん付けで呼んでいたが、いつしか愛称のアズと呼ぶようになる。


あの事件の翌日、彼の依頼を果たすべく、私は例の赤い石を探すことにした。

もし探せないとしたら、魔法は発動しないだろう。叶えられそうもない願いは私自身魔法を試す前から、無理だという感覚がどこかにあるのだが、今回それを感じないので大丈夫、だと信じたい。

いつものように平常心になり、彼の願いに見合う魔法を念じた。

突き出した右手の平に白光が現れたが、一瞬にして消える。数秒たっても特に何も起きない。

「これは、無理なお願いだったかな?」

特に残念に思っていない口調でたんたんと彼が告げ、

「失敗なら、そもそも光すら出ないはずなんですが……」

納得いかない私は首をかしげる。

傾げた直後、私たちは奇妙な行動をとり始めた。足が勝手に動き始めたのである。しかも、二人とも同じ方向に向かって歩き続けているようなのだ。

「えっと、これは成功? なのかな?」

楽しそうに彼は笑った。

「何かしら意味があるんだとは思いますが、こういうことは初めてで、なんともいえないです」

私は思わず苦笑い。


 三十分歩いただろうか? 足が止まったのは岩場の近くだった。

 一応ざっと二人で手分けして探したが、灰色の岩や石と赤茶けた大地以外の色は見当たらない。どうしたことかと思っていると、アズールさんは足が止まった地面を注視していた。

 嫌な予感がする。実に嫌な予感だ。

「ねえ、もし良かったら、穴を掘るのを手伝ってほしいんだけど」

 予想的中。私は、了承代わりのため息をつくしかなかった。

 

 私の背丈ほど掘って、念願の赤い石は見つかった。それも大量に。

「すごい、すごいよ、君。こんなに見つかるなんて思わなかった。最高だよ」

木箱いっぱいに入った赤い石に彼は実に満足そうだ。赤い石自体は爪ほどの大きさもない、小さな赤い石で、確かに宝石でもないような気がする。

「じゃあ、これで依頼完了ってことで。助けてくれたお礼にはなりましたか?」

「ああ、十分だ、いや、十分すぎる、ありがとう。君がいてくれて本当に良かった」

ちょっとだけ胸がちくりと痛む。どうせなら、この力があって良かったといってくれたほうがましなのに。

 駄目だ、駄目だ。嫌な思い出も思い出しそう。

「それは良かったです。ところで、次はどちらへ行くつもりへ?」

無理に笑っていうと、彼は笑顔をゆるめ、次に向かいたい場所を告げた。

「もしよければ、すぐ向かいませんか? 私の力で」

「そりゃ、俺は赤い石を消費しないで助かるけど、いいの?」

「いいんです。私もまだ行ったことない場所に行きたいのもあるので、では行きますね」

体に魔力が集まるのが分かる。

 私たちは、あっという間に目的地であろう場所に到着していた。

「いや、なんかやっぱりすごいね」

「制限付きですけどね」

苦笑いして

「では、いろいろありがとうございました。ご武運を」

そう言って立ち去る。

 つもりだった。

 アズールはがっちりと私の右手首を掴んでいて、立ち去ろうにも立ち去れない。

「まだ何か?」

ぶっきらぼうにいうと、彼は人が良さそうな笑顔で

「君はそれでいいのかもしれないけど、俺的には君に大きな借りを借りてる気がしてならないんだよね。何かお礼させて」

「結構です。あの時助けてくれただけで、私的にはチャラですチャラ。どうしてもというなら、手を放してください」

今度は睨む。

「じゃあ、単刀直入に言うよ。君が気に入った、だから」

話を遮って私は苛立ち気味に

「私の力がでしょう? 今までそういう人をたくさん見てきたけど、結局みんな私のこの力を私利私欲のために利用したいだけ。いつか際限つかなくなって、身を滅ぼしたいの? あなたも」

皮肉を言った。

「そんな君だからだよ。君は愚かなくらい優しいね。気遣い屋で、献身的。こんな力があればもっとふんぞり返っててもいいくらいなのに」

 優しくて、なんて残酷な言葉なんだろう。こういう手段をとった奴らもいた。でも、結局私を裏切ったり、私が見限ったりして碌な思いをしたためしはない。

 追い打ちをかけるように、優しい瞳は私に語る。

「もう、そこまで頑張らなくてもいいよ」

 涙がこぼれた。やめて。そういいたいのに口が動かない。

 アズールは最後、大打撃を放つ。

「俺がずっと一緒にいるよ」

 暖かな手が私の両手を包む。そして、それから、私の涙をぬぐってくれた。

 完敗だ。陥落した。どうせこの人も今までの奴らと同様に決まっているのに。心の片隅で同じ過ちをまた犯す気かと冷静に訴える声がするが、もう遅い。


 私は、この男に、この男の言葉に賭けることを決めてしまった。

 

 結論からいうと、この約束が完全に果たされることはなかった。

 でもね、アズ、あなたは誰よりも私の傍にいてくれた。3、4年も一緒にいてくれただよね。私が他人にこんなに心を開いたのは多分、あなたが初めてだった。多分もうあなた以上に心を許せる人は、いないと思う。

 ああ、感謝しなきゃね。感謝しなきゃいけないのに、やっぱりつい、非難しそうになる。ひどいよ、アズ。

 確かに、あなたはずっと一緒にいるといってくれた。でもそれは、異性の恋人としてという意味じゃななかったんだよね、きっと。私が勝手に期待しただけ、勘違いしただけ。

 でもそれならどうして?

 同い年だから、妹扱いもなかった。反対に私がお姉さんぶることもなかった。たまに手をつないだ。昔の辛いことを思い出し、涙が止まらないときは優しく抱きしめてくれた。

 どんな関係か聞かれたら、『大切な人です』と返したあなた。兄弟と聞かれたら、否定し、恋人かと冷やかされたら照れ臭いように笑っていた。

 こんな風に一緒にいて、勘違いするな、期待するなと言われても、無理な話だ。

 

 逆に言いたい。期待させるな、初めから。


 彼とこのまま一緒にいられるんじゃないかと夢を見ていられたのが、ついこの前までのこと。

 もし、あの時あの日、アズと王女様が出会わなければ。

 そもそも、王女様の国を助けるなんてことにならなかったら。


 いくつもの都合のいいもしが浮かんでは、現実に戻され、ずんと何かが重くのしかかった気持ちになる。

 現実は変えられない、そうだいつだって結局私の幸せは続くことはないのだ、今までそうだったじゃないか。そうはいっても、さすがに今回のことは堪えた。



 

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