終わりの始まり
この世界には魔法が存在する。書物にも魔法がでてくる話はある。
でも、自分の幸せのためには使えない魔法なんて……。
他者の幸せのためにしか使えない魔法なんて。
どうして私の魔法はこんな魔法なの?
こんなもの持っていたってどうしようもないじゃない。
私は、私だって……。
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私は、エルシャ。
胸あたりまで伸びた黒い髪に、明るい茶色の瞳。身長は150センチメートルほど。
荒地に吹く風に黒いローブがばたばたと揺れていた。
目の前には、右手に青色が所々見える灰色の兵士たち、
左手には赤色が所々見える灰色の兵士たちが対峙していた。
敵対する国同士が戦闘の真っ最中であった。
誰がどう似ても左手の赤組側が不利であった。兵士たちが負傷し、まともに動けそうにないのに対し、右手の青組側はまだ戦える余力が残っているのが明白であった。
こんな戦闘中のさなかに、いきなり部外者が現れて、どちらも戦うのを一時止めてしまった。
正直このまま共倒れしてくれたほうが、本望なのだが。
悲しくも、後ろにいる青年は、それをよしとはさせてくれない。
「もしかして、漆黒の魔女?」
左手の赤側組がざわつき始める。
どうせ、真っ黒ですよ。旅してる身として、汚れが目立つ色の服は使いづらい。本当は、白や他の色の服だって憧れないわけはない。
「王子、ここは奴を頼りましょう。」
他の兵より権限がありそうな30前後くらいの歳の男の声が聞こえた。
王子と呼ばれた20歳も満たなそうな金髪の優男が、不安そうな顔でこちらと男の顔を交互に見た。
しばらく話し合っていたようだが、
「助けてくれっ。」
私を頼ろうと提案した男が私のほうに来て懇願した。
その様子に右手の青組側も一瞬ざわめくのが分かった。
「どのように助けてほしい?」
私はぶっきらぼうに睨みつけて尋ねる。
「今この戦い、我らを勝たせてほしい。」
「国ではなく、この戦いだけと解釈しても?」
私の言葉に男は王子を見て、王子は頷いた。
「それでかまわない。」
「殺すのはあまり趣味じゃない。向こうに負けを認めさせればいいか?」
私の質問に痺れを切らしたのか、
「この戦いに勝利できればそれでよい、私はこれ以上仲間の血を見るのはごめんだ。望むものなら、与えられるものはなんでも与えてやる、魔法使いの者よ。」
「なんでもいいんですか?」
私の感情のない声に王子も一瞬たじろいだが、
「国の代表として誓おう。」
「分かりました。」
口の端を挙げた私の言葉に、右手の青組側の一人の男が
「おい、お前、話が違うじゃねーかっ!」
そういったのと同時であった。
右手の青組側の兵士たちが一斉に倒れた。
左手の赤組側の兵士たちはぽかんとしていた。
私は、先ほど私に声をかけた者に近づく。
「お、まえ、最初から裏切る気だったのか。」
「いいえ。そもそも私はどちらにも味方する気ありませんから。それにしても、よく喋れますね。動けないはずなのになぁ、鍛練すれば魔法が効きにくくなるんでしょうか?」
独り言のようにつぶやきながら、その者の首に掛けられていた黄金のネックレスを奪い取った。
男が何か私に言いたそうな目をしていたが、結局何も言わなかった。
そして、落とし物を届けるかのごとく、王子の前にそれを持ってきて、
「向こうの国の国宝並みのお守りだそうです。戦いに行く際、国一番の強さを誇るものに身につけされる風習だそうで、これを国に持ち帰ればこの戦いに勝利した証になるでしょう。」
「あ、あぁ、助かった。」
手渡して、私はあいつのところへ戻ろうと歩みを進める。
「お、おいっ!」
呼び止められ、
「まだ何か?」
不思議そうに聞き返す。
「あ、いや、その。褒美、褒美の件だが。」
「あぁ、お国に帰られてからで結構ですよ。金銭が本望ではございませんので、ご安心ください。」
王子に不快にさせない程度の微笑みを心がけ微笑んで答えた。
「か、帰るか。我らの勝利だ。」
王子のしまりない声に、兵士たちも
「勝ったのか?」
「でも、もう戦わずに済むなら……。」
困惑しながら左手の赤組側は帰って行った。
もう、平気だろう。そう思い、魔法を解いた。
地面にへばりつき、動けなかった青組側の兵士たちが
「あ、動ける」
「いやぁ、大丈夫とは分かっていても、殺されるかと思ったなぁ」
体が自由になり、もぞもぞと動き出した。
ふぅ、と小さく息を吐いた瞬間、
「お前、一体どういうつもりだっ! もう少しで圧勝できたのに」
一人の兵士に肩を掴まれた。勢いが強く、フードが後ろに落ち首から上がはっきりと外にさらけ出される。
息を吐き、眼前の男に口を開こうとしたとき、
「落ちついてくださいよ、こいつに考えあってのことですから」
私から男を引き離すという冷静な対応をとったのは、長年一緒にいた相棒だった。
男はしぶしぶ、相棒の涼やかな笑顔に引き下がってくれた。
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あぁ、どうしてうまくいかないんだろう。
私の考えていることを察してくれて、こんなにも頼れる唯一無二の大切な人。
それなのにどうしてこうなってしまったんだろう。