三人目 「お父さんそれ聞いてないんだけど!?」
僧侶の分厚いローブが脱ぎ捨てられ、中に着られていた服があらわになる。
「お前、それは……!」
「どこからでもかかってきなさい、魔王!」
ふふふっと不敵な笑みを浮かべる。
僧侶が着ていたのは、恐らく魔法が使われているのだろう、ユリアの顔が大きく印刷された服だった。
まさか、この男。
俺がユリアの父親のその生まれ変わりだと気づいて……!?
なんたって僧侶だ、もしかしたら、そんなことを知る方法だってあるのかもしれない。
くそっ、ユリアの顔が書かれた服を着ていれば、俺が攻撃できないと知っているわけ——
「この勇者様ファンクラブ会員限定の服を着た私は最強ですから!」
——では、ないらしい。
さて、少し時間を戻そう。
勇者たちがやってきたのは、ロリコン事件の一週間後だった。
剣士の姿も魔術師の姿もない、とうとう二人である。
「……ちなみに聞いておくが、魔術師は?」
聞けば、ユリアはあからさまに眉を寄せた。
「宿に戻ったら書き置きがあった。旅に出ます——」
探さないでくださいか。
魔術師も随分と追い詰めさせてしまったかもしれないな……。
と、俺は反省しかけたが。
「——探してください」
「探して欲しいのかよ!?」
おい。おいおい。
なんなんだ、その書き置き!
ようは心配して欲しいのか!?
そしてユリアたちも少しぐらい、
「探してやれよ!」
「魔王に言われるまでもない。すでに捜索隊を出して探しているさ」
「そうか、それはまあ良かったな……」
「宿屋の娘を誘拐した犯人として」
「全然良くなかった!」
それは探しているというより、追ってるって言うんだよ!
そして魔術師!
いくら傷ついたからって、幼女誘拐犯になってどうする!?
「ふん、まぁここにいない者の話は置いておくとしてな」
「置いておかれた!」
そろそろ分かってきたが、ユリア、結構ドライな性格に育ってやがる。
「今日は、この僧侶に秘策があるそうでな」
「秘策……!?」
「ええ」
僧侶はにっこりと笑ってみせる。
こういうスカしたような奴って苦手なんだが……残る男となると、こいつなんだよなぁ。
ユリアが、
「どんな策かは私も聞いていないのだが……僧侶、頼むぞ」
と僧侶を前に出した。
そして、僧侶はそのローブをバサリと脱いだ。
そして、話は冒頭に戻るのだ。
「……あの、僧侶だったか」
「はい?」
「なんだ、その、勇者のファンクラブとは……」
「教会の全僧侶が入っている、勇者様のファンの集いに決まってるじゃないですか」
決まってるのか。
そして全僧侶が入ってるだと?
……教会こわっ!
「ふふ、貴方の狙いはもう分かっているのです。あえて戦う時に相手の秘密をバラし、動揺を誘うのですよね」
「いや、そんなつもりはないんだが……」
「黙ってください」
……。もうやだこのパーティ。
「ともかく。ならばこちらからバラしてしまえば、動揺のしようもない。そう、私の……私たちの秘密はこれです!
勇者様のファンクラブ、ちなみに私は会員番号一桁で、勇者様と同じパーティに入る為に、過酷な、とても過酷な戦いに勝ち抜いてきたのです……!」
「実力で選んだんじゃねぇのかよ!」
いや、ある意味実力かもしれないけど!
はっ、いかんいかん、こんな風にツッコミをしてしまうから、今代の魔王の優れているところで、魔力より先にツッコミを挙げられてしまうのだ。
いや、嬉しいんだけどね。
それにしても……。
「あのな、僧侶よ」
「なんですか? 私のこの完璧な計画にぐうの音も出ないでしょう?」
「いや、ある意味な……」
そうでしょう、と嬉しそうな姿に、後ろ、とユリアを示したくなるがそれは後にするとして。
「その、申し訳ないが……今回、お前のことを調べ上げたりはしてないんだが……」
「は?」
そろそろ、と俺の座る玉座の裏から、どこか申し訳なげにいつもの兵士が顔を出した。
「な、何故です!?」
「え、いやだって、勇者がもう俺のこと信用しない!とか言うから、一騎打ちの機会はもうないだろうなぁ、と……」
それに、二人の見ていたらちょっと可哀想になったので、素性を知るなら、本人から二人きりの時に聞いてやろう、と思ったのだ。
期せずして半分叶ってしまったが。
「そんな……」
「なんかその、ごめんね?」
「ここでバラしても、魔王を討伐すればプラスマイナスゼロ、むしろプラス位のものだと思ったのに……」
いや、それはないと思う。
後ろのユリアの顔、見てみ?
絶賛氷点下だから。
「ああ、勇者様にまでバラしてしまったことが知れれば、ファンクラブ内の親衛隊による粛清が……!」
「粛清!?」
そんなんまであるのかよ!
……教会こわっ!(2回目)
よし、もしまた人間に転生することがあっても、出来るだけ教会には関わらないようにしよう、うん。
「ああ、勇者様、私はどうしたら……」
僧侶は勇者に助けを求めるように振り向いたが、はい残念。
ユリアは嫌悪感むき出しで、そしてトドメの一言を放った。
「……キモッ」
「く、う、うわぁああああ!」
僧侶もまた、叫んで逃げていってしまった。
バン、と扉が閉じた音でユリアはハッとしたらしい。
「あ、あれ、私一人!?」
「気づくのが遅い!」
遅いよ。トドメ刺す前に気付こうよ。
昔から、ちょっと天然なところはあったけど……。
魔王が俺じゃなかったら、危なかったぞ?
あれ、でも俺じゃなかったら、パーティの奴らを調べるようなこともしなかったか。
うーん、よく分からん。
しかも、さらに分からないことに、今日も帰ると思ったユリアは、くっ、と呟いて剣を構えたのだ。
「えっ、戦うの?」
「当たり前だ! こんな状況、やってられるか!」
……ちょっとヤケクソじゃないですか、ユリアさん?
しかし、考えようによっては良いかもしれない。
僧侶という最後の候補者がいなくなった今、正直ユリアの相手が想像もつかない。
ならば、勝った後で直接聞いてしまうのはアリだ、うん。
俺は玉座から立ち上がった。
「分かった、勇者。行かせてもらうぞ」
「ああ、来い!」
ユリアが剣を抜く。俺もまた階段を降りていき、あと三歩、二歩でユリアの剣と俺の魔法が交錯するという瞬間。
「お待ちください、魔王様!」
突然、後ろから声が響いた。
叫んだのは、あの兵士だった。
「なんだ、お前……」
口を挟むな、と言おうとした俺の言葉を、ユリアが遮る。
「レイエン! 私はいいの!」
「え?」
えっと……まず、レイエンって誰だ? あの兵士か?
いや、そもそも何でユリアがそれを知っている!?
「魔王に逆らうわけにはいかないんでしょ! いいの、私が戦って……!」
「いや、言わせてくれ、言いたいんだ!」
「はっ!?」
ちょっと待て。何だこれ。
何が始まってんだ?
兵士——レイエンは俺をまっすぐに見て言った。
「魔王様、これ以上、勇者と戦うのはどうかやめてください。私と勇者は、愛し合っているのです!」
……。
「はぁああああ!? え、ちょっと、お父さんそれ聞いてないんだけど!?」
「……は?」
「……お父さん?」
とんだ三者面談が、始まりそうな予感である。