二人目 「お前なんかに渡してたまるか!」
剣士でないなら誰なのか。
俺は考えた末、ポンと手を打った。
あの魔術師か!
剣士に比べれば冴えない感じはあったが、あいつもかなりのイケメンだったし、思い返してみれば、割といつもユリアに近い位置に立っていたような気がする。
俺はこの前と同じ兵士を呼び出した。
「な、なんでございましょうか、魔王様」
「次は、あの魔術師を調べて来い」
「何を調べたら……」
「何でもいい! 趣味とか、好物とか……まぁともかく行って来い!」
「は、はい」
と、兵士が調べに出た翌日。
またもや勇者一行がやってきた。が。
「おい、剣士はどうした?」
「よくもぬけぬけと……お前のせいで未だ療養中だ!」
剣士弱っ! メンタル弱っ!
あのチャラ男の外見でまさかのガラスの心臓らしい。
「剣士の仇だ! 今日こそ私がお前を倒してやる!」
「剣士まだ死んでな——」
「黙れ!」
突っ込んでこようとするユリアを、慌てて手で制す。
「いや、待て待て! 俺はユリ……勇者と戦う気はない!」
「何だと?」
「お前!」
俺はピシッと魔術師を指差した。
え、自分? と不思議げな魔術師にコクリと頷く。
「な、なんで僕なんですか!?」
「うるさい! お前なんかに渡してたまるか!」
俺の可愛い娘を!
最後の部分だけ口には出さないが、俺には言うまでもないことだ。
「魔王……お前、また一人を嬲り殺しにする気か……!?」
「いや、だから殺してはないんだが」
「黙れっ!」
……流石にちょっと理不尽じゃないでしょうか、ユリアさん。
そして勝手に死んだことにされつつある剣士に、ちょっと同情する。
「もうお前の作戦には乗らんぞ!」
「いやいや、嵌める気はない。約束する」
「……本当か?」
「ああ」
そもそも、先日のはタイミングが悪かったのだ。
あの兵士が変な感じで入ってこなければ、問題はない話なのだ。
「じゃ、じゃあ、行きますよ?」
「ああ」
そんな頼りない雰囲気を漂わせている魔術師が、杖を振りかぶろうとした瞬間。
広間の扉がバァンと開かれた。
あ、なんかデジャヴ。
「魔王様、ご報告します!」
「やはり嵌めたのか魔王っ!」
「え、いや、ちょ」
タイミングが悪い!
「そこにいる魔術師は……幼女趣味です!」
「趣味を調べろとは言ったけども! 確かにそれも趣味だけども!」
ほら、また……。
勇者様がたが、固まってらっしゃるじゃないですか。
「違う町にいくたび、必ず三人以上の幼女に声をかけておるとのことです」
「お前、まさか宿屋のあの子もそういうつもりで……」
「やけに仲がいいとは思っていたが……」
「い、いや、それは」
勇者一行はなんだか心当たりがあるらしい。
魔術師を見る目がどんどんと冷えていく。
「ちなみに、彼が勇者たちと酒を飲まないのは、酔うと自作の“幼女の歌”なるものを熱唱してしまうからだそうです。
歌詞なども調べてきましたが、フルで歌いましょうか?」
「やめたげて!」
勇者たちの、魔術師への視線はもはや絶対零度の域である。
「お前、本当に……」
「幼女趣味、なのですか」
その質問に、魔術師は諦めたようにクククッと笑った。
あれ、目の錯覚か?
後ろに崖のようなものが見えるような……。
「ええ、確かに僕はロリコンですよ。しかし、それが貴方がたに迷惑をかけましたか? かけてないでしょう! 僕は、自分がロリコンであることに誇り、誇りを持って……」
とそこまで言ったところで魔術師はプルプルと震え出した。
一瞬で崖のような背景が霧散する。
魔術師は正面扉の方へ駆け出した。
「誇りを持ってるんですからぁぁぁあっ!」
「なら最後まで言ってから去れよ!」
と、いけないいけない、思わず突っ込んでしまった。
ユリアの方を見れば、それはもう凄まじい形相で睨んでいた。
「やはり、お前、騙していたのだな」
「いや、そういうわけじゃないけど、結果的にそうなってしまったというか……」
「お前を信用した私が馬鹿だった。金輪際、お前のことは信じないっ!」
「えっ」
ここでまさかの反抗期宣言!?
……な訳はない、だってユリアは俺の正体知らないし。
「いや、でもトドメさしたのはむしろ仲間ら……」
「黙れ!」
「ちょ、人の話は最後まで聞けよ!」
俺は人の話を聞く大切さは、散々に説いてきたと思ったのだが。
「だってお前は魔王だろう!」
「それがなんだ!」
「人じゃないじゃないか!」
「あ」
なるほど、確かに……じゃない。
納得してどうする。
ああ、空気が緩んでしまっているのがいけないのだ。
俺は慌てて魔王スイッチをオンした。
「しかし、勇者よ。今やお前ら二人しかいないが……どうする?」
「くっ!」
勇者は拳を握りしめ、そして叫んだ。
「……いいだろう、ここは勘弁してやる」
いや、勘弁してやるのは俺の方だからね?
「しかしまた必ず来るからな! 覚悟しとけよ!」
お手本のような捨てゼリフである。
ユリアは兵士の方をちらりと見て、それからサッと目をそらした。
二人になってしまった勇者一行は堂々と門から出て行った。